野球諦めた僕、引き留めてくれた仲間の訴え 岩手・花北青雲の三浦君

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 この右肩は、まだボールを投げられない。何度もやめようと思った。でも、いまは道を見つけた。岩手の花北青雲の三浦武竜(たける、3年)は、代打一本で夏に挑む。

 高校1年の秋季大会前だった。キャッチボールをしていると、右肩に今まで感じたことのない痛みが走った。診察を受けたところ、右肩の関節唇に炎症が起きていた。それまで「大会で絶対にベンチに入りたい」と、わずかな痛みを1カ月ほど我慢していた。

 12月に手術。医者からノースローを告げられた。そこで左投げ転向を考えた。

 もともと右投げ右打ち。左で投げた経験なんてない。でも、すぐに左投げ用のグラブを購入し、1カ月後に練習に復帰した。

 「どうしても守備をあきらめきれなかったんです」

 内野につくことが多かった。甲子園をテレビで見て、上手に守備をこなす球児のかっこよさに憧れた。

 必死に練習した。2年の春ごろには、バットを振れるまでに回復した。でも、左投げでの守備練習は、ついていくのがやっと。冬、部活から足が遠のいた。

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 今年2月。畑に降り積もった雪を街灯が照らしていた。学校(花巻市石鳥谷町)からJR石鳥谷駅までの徒歩20分の帰り道。どんなにつらいことがあっても笑い合いながら帰った。でも、この日は少し違った。

 「部活、来てみないか」。主将の板橋広大の言葉に三浦は表情を暗くして返した。「やめようと思う」

 板橋はその後も引き留め続けた。LINEや電話で「帰ってこないか」。

 小学生の頃からチームメート。同じ中学に進み、部活とシニアに分かれて野球を続けた。高校で再び一緒に。「また2人でできる」

 「武竜はチームの精神的な柱なんです」と板橋は振り返る。プレーだけではない。同級生や後輩一人ひとりに向き合って、励ます存在が三浦だった。三浦がチームを離れ、戻らないとあきらめかけていた仲間たちに板橋は訴え続けた。「武竜が帰ってきて、はじめてチームが完成する」

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 三浦にも思いは伝わっていた。練習後、みんなで励まし合いながら帰った日々。公式戦前に背番号がもらえなかった日には「まだ大丈夫だ」。「次の試合、絶対勝とう」と誓った。親には言えないことも仲間には話せた。一緒に歩いた、あの帰り道――。「みんな、待っててくれている」

 今年3月、三浦は部活に復帰し、一塁コーチを務めながら、代打に専念すると決めた。素振りを重ねつつ、ノックやマシンの準備など裏方作業もこなした。

 三浦が戻ってきて初めての練習日。「みんな、にこにこしていて本当に雰囲気がよかった」と、監督の松浦友輔は思い返す。「武竜はチームのために、という思いが人一倍ある。そういう選手がいると強くなる」

 春の地区予選ではチームは県大会出場を逃した。例年であれば冬場に行う大きい負荷がかかるメニューをこなして鍛え直す。

 監督が「タイヤ!」と叫ぶと、大きなタイヤを押しながら選手たちが一斉に走り出す。人一倍大きな声を上げ、誰よりも大きなタイヤを、板橋は押していた。

 「主将として、きついものを選ぶようにしている」と板橋。そして、三浦は決めている。そんな主将に「最後までついていく」。

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 全国高校野球選手権岩手大会が8日に開幕する。それぞれの目標に向かって白球を追う球児たちには、大切な場所、前に進むきっかけになった場所がある。(文中、敬称は略します)