「一戦一戦に最高の準備を」「一瞬一瞬を大切に」福島県高野連理事長

聞き手・滝口信之
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 第104回全国高校野球選手権福島大会(朝日新聞社、福島県高校野球連盟主催)が9日開幕する。今年の3年生は入学直後から、新型コロナウイルスの感染拡大による休校や選手権大会の中止など、さまざまな困難に見舞われてきた。大会を前に県高野連の木村保理事長(51)に話を聞き、選手たちにエールを送ってもらった。(聞き手・滝口信之)

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 ――今年の県内の高校野球をどう見ていますか。

 まず春の選抜大会に聖光学院と只見の2校が出場しました。県内の球児には大きな刺激になったと思います。聖光学院は甲子園で勝ち、全国で通用するチームが県内にあることを証明しました。只見は地域と一体になった「ザ・高校野球」です。甲子園で戦う姿を見て、勇気をもらった球児たちもいるでしょう。

 ――6月には東北大会が県営あづま球場などでありました。感想は?

 勝ち上がるには、やはりバッテリーがしっかりしていないといけないなと。優勝した聖光学院には、一球や一打への粘り強さや執念がありました。よいお手本として、県内の球児には見習ってほしいですね。

 ――選抜大会では「投高打低」の傾向が注目されました。県内の状況は、いかがでしょうか。

 投手力と守備力がたけているチームが勝ち上がっている印象です。コロナ禍のため、今の3年生は入学してからずっと活動を制限されてきました。以前のようには練習の場を確保できず、実戦経験が足りないと思います。特に打撃では影響が出ているのかなと感じます。

 ――地方大会を勝ち上がる上で何が必要ですか。

 大会が始まってから決勝まで2週間ほどあります。私の経験では、勝ち上がるごとに強くなることがあります。高校生は2週間でたくましくなり、強くなるのです。それがいわゆる「勢い」なのだと思います。

 ――監督時代、大会中に気をつけていたことは?

 夏の大会は、負けたらその時点で終わりです。一戦一戦ごとに、その日できる最高の準備をして試合に臨ませました。

 ――今年度、県高野連内に普及振興部を立ち上げました。意図は何ですか。

 かつて県内の加盟校は最大90近くありましたが、現在は60校台です。野球人口の底辺拡大のため立ち上げました。6月の大会後にはグラウンドを開放し、子どもたちに野球を楽しんでもらいました。今夏も実施できればと考えています。

 ――1年生からコロナ禍に見舞われた3年生が最後の大会に臨みます。彼らをどう見ていますか。

 厳しい条件の中で大好きな野球と向き合い、自分というものを確立したのは立派です。その経験を自信にして夏の大会に挑んでほしい。それと同時に、野球をやらせてもらっていることについて、家族や周りの方々への感謝の気持ちを忘れないでほしいですね。

 ――コロナ禍のため、観客のみなさんに対する制限もありますね。

 大会を開くうえで、観客のみなさんのご理解とご協力が不可欠です。感染予防対策を講じながらの大会運営となりますので、よろしくお願いします。

 ――最後に、選手たちにはどんな気持ちで大会に臨んでほしいですか。

 朝日新聞社などが主催したキャッチフレーズコンクールで、県内の生徒2人の作品が優秀賞に選ばれました。「きっと全てが、一番になる」と「輝け、君の夏」です。一瞬一瞬を大切に、それぞれがめざす高校野球を実現してください。

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 きむら・たもつ 1970年8月、福島県いわき市生まれ。磐城から東京電機大学に進学し、数学科の教員免許を取得。いわき光洋(定時制)、安達東、内郷(現・いわき総合)で監督や責任教師などを務める。2006年に須賀川(現・須賀川創英館)の監督に就任し、11年夏の福島大会では準優勝に導く。14年、磐城に戻り、翌年に監督に就任。19年秋の東北地区高校野球大会では8強に進み、翌20年の選抜大会に21世紀枠で選出されるも、新型コロナウイルス感染拡大の影響で中止に。直後に福島商に異動となり、磐城の選手たちに打ったノックは「涙のノック」として有名に。同年8月に選抜大会の代わりに開かれた甲子園交流試合ではノッカーを務めた。21年4月からは県高野連理事長を務める。