暴力に屈さぬ民主主義示せ 候補者は政見訴え続けよ 御厨貴さん語る

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聞き手・池田伸壹
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 参議院選挙の最終盤に街頭演説をしていた安倍晋三元首相が突然銃撃され、凶弾に倒れた。日本の政治史に影を落としてきたテロリズムに対し、いま議会制民主主義はどうあるべきなのか。生前の安倍元首相とも親交のあった東大名誉教授で政治学者の御厨貴さんに緊急に聞いた。

銃規制厳しい日本での暗殺、世界に衝撃

 ――国政選挙中、現代日本で、考えられないような事件が起きました。

 「驚きました。ほんの2年前まで日本の首相として、憲政史上最長の在任記録を持ち、国を率いていた政治家です。現職の衆院議員であり、自民党最大派閥の長としても、大きな影響力を持っていました。その人物が世界でも非常に銃規制が厳しい国で、銃撃されるとは。日本は警察による要人の警備も非常に厳重です。一般的に、とても安全だとされてきた国でもあります。そんな日本で、選挙期間中の街頭演説のさなかに起きただけに、この蛮行は国内だけでなく世界にも衝撃を与えるでしょう」

 ――日本でも歴史上、為政者が狙われる暗殺事件が起きていたのではないでしょうか。

 「確かに、日本の歴史を振り返ると、645年に蘇我入鹿が暗殺されたことで起きた大化の改新で、大きく日本の体制が変わりました。鎌倉時代戦国時代、幕末など、その後も日本ではテロリズムによって政治体制を大きく変える事件がたびたび起こってきました」

 「近代に入っても、初代首相の伊藤博文をはじめ、暗殺事件の標的になってしまった政治家は少なくありません。大正時代には、日本でも政党が競い合い、政党内閣が成立し、大正デモクラシーという民主主義が定着した時期がありました。そのなかで非常に重要だったのは昭和初期の事件です。単純に戦前に戻ってしまうといった指摘はしたくありませんが、戦前、暗殺事件によって、日本の民主主義と政治は大きくゆがめられ、戦争への道を歩みました」

 「現職の犬養毅首相が首相官邸で海軍青年将校の一団に射殺されるという『五・一五事件』が1932年に起き、日本の政党政治は崩壊してしまいました。さらに36年の『二・二六事件』は、日本が戦争への道を進むきっかけになったクーデターですが、衆院総選挙の結果を受けて、陸軍の一部青年将校が首相官邸などを襲い、閣僚らを殺害し、国会などを占拠したのだということも決して忘れてはなりません」

 ――戦後の世界ではどうだったのでしょう。

 「もちろん世界中では、人類はテロリズムや暗殺事件に遭遇してきました。63年には、現職の米国のケネディ大統領が暗殺されたほか、78年にイタリアのモロ元首相が誘拐・暗殺されました。隣の韓国では、長年軍事独裁を続けた朴正熙(パクチョンヒ)大統領が79年に暗殺されるなど、世界では政治家が犠牲になるテロリズム事件が続きました。68年に大統領選挙の活動中だった米国のケネディ上院議員が射殺されたほか、83年にフィリピンのアキノ元上院議員が射殺されたことをきっかけに、86年にマルコス独裁政権が終わるなど、選挙にかかわるテロリズム事件も世界で起こりました」

 ――戦後の日本では、政治家に対するテロリズムはどうだったのでしょうか。

 「戦後の池田勇人内閣時代の1960年10月、野党第1党のトップだった浅沼稲次郎・社会党委員長が刺殺されたのが非常に重要な事件でした。その後も長崎市本島等市長の銃撃事件、民主党の石井紘基衆院議員の刺殺事件、長崎市の伊藤一長市長の銃殺事件などの卑劣な事件は残念ながら続いてきました」

 「しかし、この国では、60年の浅沼委員長の事件以降、国政の指導者がテロリズムの犠牲になるということは少なくなっていきました。72年の連合赤軍メンバーによる『あさま山荘事件』など、さまざまなテロリズムによる事件は続きましたが、首相経験者が殺害されるといった事件はこの国では起きていませんでした」

議会制民主主義が定着していた日本

 ――それは、なぜでしょう。

 「それは国の指導者を殺すこ…

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