双葉町を残すには 原発事故から11年、町長が考える新しい暮らし

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聞き手・福地慶太郎、編集委員・大月規義
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 東京電力福島第一原発の事故でいまも全住民が避難する福島県双葉町で、8月30日に一部地域の避難指示が解除される。事故から11年5カ月を経て、ようやく始まる帰還。伊沢史朗町長は厳しい現実と向き合い、何とか町の存続を図る考えをインタビューで語った。

 ――いよいよ町民の帰還が始まります。

 「原発事故から11年以上、町民にはすごく長い時間だったと思う。被災自治体の中で最後の帰還となるが、ふるさとに戻るのは非常に感慨深い」

 「その一方、何でこんなに(長期避難になった)という気持ちもある。原発事故から12年目に入り、町民は避難先に子どもの学校や職場があり、生活が確立している。いま避難指示が解除されても、戻るのは難しい。我々は厳しい現実と向き合わなければいけない」

 ――国は当初、除染や避難解除の見通しを示していませんでした。

 「町長に就任した2013年当時は正直、町に戻ることは可能なのかという思いが常に頭にあった。そこで、家が荒れていく現状を国に知ってもらうことが一番大切だと感じ、当時の根本匠復興相に帰還困難区域にある私の家を見てもらった。生活用品や家具が散乱し、アライグマが入ってにおいもつき、修理しても住める状態ではなかった」

 「根本氏はその後、14年に(双葉町などに復興拠点を整備する方針を盛り込んだ)復興構想を出した。それが、今回、避難指示が解除される『特定復興再生拠点』の制度のベースになったと思う」

元の町に戻すのは不可能だが

 ――町長は「元の町に戻すの…

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