第116回「殺さなきゃ殺される」旧ソ連兵の57歳 ウクライナで3度目の戦争

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ウクライナ西部リビウ=高野裕介
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 年を重ねても、屈強な体からはかつて戦場で戦った雰囲気が伝わってきた。

 3月中旬、ウクライナ西部にある世界遺産の街リビウ。住宅街の一軒家の庭に、20人ほどの男たちが集まっていた。ウクライナが構成国の一つだったソ連時代の退役兵たちだ。戦火を逃れた国内避難民らの支援をしていた。

 杖をついた1人の男性がいた。オレクサンドル・コソラポフさん(57)。「俺の話を聞きたいって? いいだろう」。かつて周辺国に介入するソ連軍の一員として「攻める側」に立ち、今は「攻められる側」となった彼は、どんな思いを抱えているのか。耳を傾けた。

ソ連軍に招集、送り込まれたのは…

 コソラポフさんの故郷は、ウクライナ東部ルハンスク州にある人口約2万人の小さな街。1964年9月、ロシアから移住した火力発電所の建設労働者の父と、ウクライナ北東部出身の母の間に生まれた。

 学校にはソ連を生んだ17年のロシア革命を指導したレーニンの肖像が掲げられていた。先生に褒められたくて、とにかくレーニンやソ連共産党の「功績」を覚えた。

 街頭の白黒テレビには、第2次世界大戦でソ連がナチス・ドイツに勝利したことをたたえる映画が流れていた。誇らしかった。共産党のイデオロギーを信じ、その支配に何の疑いも持たなかった。

 コソラポフさんは他の若者と同様、ソ連軍に招集された。18歳になった4日後だった。「行き先は東ドイツかな、ポーランドかな? ただで外国の暮らしを見られるなら、そんなにラッキーなことはない」。のんきな気持ちだった。ある戦場に立つまでは――。

 だが、送り込まれたのはアフ…

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