安倍元首相の国葬、「非国民」を生む懸念も 大学院生が訴える反対論

国葬

「論座」編集長・松下秀雄
写真・図版
  • 写真・図版
[PR]

 岸田文雄首相は7月14日、安倍晋三元首相の国葬実施を表明し、「我が国は暴力に屈せず、民主主義を断固として守り抜くという決意を示していく」と理由を説明しました。「論座」(https://webronza.asahi.com/別ウインドウで開きます)で16日に公開した「安倍晋三氏の『国葬』に反対します~功罪を検証する機会まで葬るな」(東京大学大学院生の田中駿介さん)は、「殺されていい命など存在しない」としたうえで、次のように論じています。

 国葬は安倍氏が行ってきたことへの批判を封じ、自由な言論を基礎とする民主主義を損なうおそれがある。マスメディアなどでは安倍政権の「業績」を一方的にたたえる言説が氾濫(はんらん)している。国葬が強行されれば、安倍氏の死を悼めない、悼みたくない人たちが「非国民」のように扱われないか。安倍氏の政策や疑惑について検証する機会まで葬ってはならない――。

 戦後、唯一の前例をみてみましょう。吉田茂元首相の国葬のときの朝日新聞には国葬に対する抗議行動も載っていて、批判がすべて封じられたわけではないようです。一方、当日のテレビ欄には「戦後史の巨星をおくる」「人情家吉田さん」といったタイトルの追悼番組や、ベートーベンの「英雄」などクラシック音楽の演奏会がずらり。派手なCMや歌謡番組などが姿を消し、こうした番組に差し替えられたと報じられています。

 田中さんの論考では、国葬に明文の法的根拠がないことにも触れています。考えてみれば、行政を担う内閣が、国民の代表が集う国会のお墨付きもないまま、国を挙げて弔うかのような響きのある「国葬」の実施を決めていいのか。内閣の一存で決められるのは「内閣葬」までではないかと思えてなりません。

      ◇

 上記の論考はこちらから(https://webronza.asahi.com/national/articles/2022071600003.html別ウインドウで開きます)。論座ではほかにも「安倍元首相『国葬儀』が抱える重大リスクに、岸田首相は堪え得るか」(https://webronza.asahi.com/politics/articles/2022072300002.html別ウインドウで開きます)をはじめ、関連する論考を公開しています。

 朝日新聞デジタルのプレミアム・ダブルコースと論座の会員は、論座で公開している2万の全論考をお読みいただけます。(「論座」編集長・松下秀雄