高校時代ベンチ外から5年で球宴 阪神湯浅の「引きずらない」思考法

大坂尚子
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 小さい頃からテレビで見ていたプロ野球オールスターゲーム。阪神タイガースの湯浅京己(あつき)は、プロ4年目で初めて選ばれた。

 福島・聖光学院高3年だった2017年夏は、福島大会で1イニングしか投げられず、甲子園はベンチ外。アルプス席からチームを見守った。

 あれから5年。150キロ台半ばの直球とキレのあるフォークを武器に、打者と真っ向勝負する。前半戦を終えて37試合に登板し、防御率1.80、リーグトップの27ホールド。堂々たる数字を残している。

 活躍の裏には「本当に、絶対に、ケガなく1年回りたい」との思いがある。

 湯浅は、高校時代からケガに悩まされながら野球をやってきた。

 福島・聖光学院入学直後は成長痛で腰痛に苦しみ、一時期は歩くのでさえつらかった。「何のためにここにいるんだろう」と考える日もあった。

 三重県尾鷲市の親元を離れ、決意して入学したのにプレーできない。「自分が情けなかった」という。

 それでも野球をやめなかった。

 苦しい中にも、学びを見つけた。2年秋まで続いたマネジャー生活では、選手が注意されているのを指導者の横で耳をすました。復帰したときに「同じ失敗はしない」と誓った。頭を使ってプレーすることも、そうした中で自然とできるようになっていった。

 2019年にプロの世界に入ったが、翌年にかけて3度「腰椎(ようつい)分離症」になった。

 「(特に)三回目はめちゃくちゃ悔しかった」

 ここで高校時代の経験が生きた。

 「ズルズル引きずっても自分にとってもいいことはない」と切り替えた。「今までの自分よりも成長した姿」で復帰することを思い描き、リハビリやトレーニングに励んだ。

 そして今年、努力が実を結んだ。

 初めて1軍キャンプメンバーに入り、開幕1軍を手にした。

 今も休みの日は体のケアを意識する。酸素カプセルに入り、ストレッチを入念に行う。全ては、1年間全うするため。自分にできる準備を欠かさない。

 こつこつと結果を積み上げ、ファン投票で球宴に選ばれた。

 「投げるからには0点で抑えたいですし、真っすぐで狙って三振が取れるように頑張りたい」

 まだ23歳だが、苦い経験を糧にしてきた。夢の舞台での体験も、さらなる成長につなげていくはずだ。(大坂尚子)

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