お家芸の材料科学、AIロボで世界へ 東大教授「二刀流を育てたい」

桜井林太郎
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 材料科学は日本が最も得意とする研究分野の一つだ。だが、圧倒的な研究資金を投入する中国の台頭など、国際競争が激しい。15年ぶりに母校に戻った東京大学教授の一杉太郎さん(50)は、人工知能(AI)を持つ実験ロボットで勝機を見いだそうとしている。

 「将棋の藤井聡太さんが大変いいことを言っていました。AIでインスパイアーされる、と。AIとロボットができることを人間がするのではなく、人間しかできないことに集中する。広い視野を持ち、使いこなす側にならないと」

 5月17日。東京都文京区の東大本郷キャンパスにある理学部の講義室。一杉さんは、化学科の約40人の学生に英語で呼びかけた。

 ノーベル賞の対象となった青色発光ダイオードリチウムイオン電池など、材料科学は日本のお家芸の一つ。気候変動や海洋プラスチックごみ問題など地球規模の社会課題の解決に、重要性は増すばかりだ。だが、博士課程進学者の減少など、日本の研究力低下が指摘されている。

 長年、日本の材料研究を支えてきたのは、実験の質を高める「職人芸」的なきめの細かい調整作業と、それを時間を惜しまず繰り返す粘り強さだった。だが、研究資金でも研究者数でも米中に劣る日本がどう対抗していくのか。一杉さんが考えたのが、研究にAIロボットを使うことだった。

 3年前、東京工業大学の教授のときに開発した。このロボットは、1センチ×1センチのガラス基板の上に、さまざまな物質を蒸着させ厚さ100ナノメートル(ナノは10億分の1)ほどに重ねて薄膜をつくり、電子やイオンの通りやすさなどの物理的な性質を測定する。薄膜は、デジタル時代に欠かせない半導体開発の基本技術だ。自動で実験してくれるだけでなく、その結果をもとに、次にどんな材料をどんな割合でつくるかをAIが決め、新たな実験を繰り返す。実験スピードは人間の10倍になる。

 効率性にもまして期待がかかるのが「セレンディピティー」(予想外の発見)だ。この世の中には120種類近い元素がある。それを様々に組み合わせた巨大な探査空間があるが、人間だと実験回数の制約もあって、一部しか探索できない。だがAIロボットは、実験結果が積み上がっていくと、全体像をつかむように俯瞰(ふかん)的に機械学習をして、人が思いもつかない実験条件を提案し、実行する。研究者は実験の原料をセットするだけだ。「人間だと経験に基づいた『勘』で実験条件を決めるが、経験は思い込み・制約にもなり得る。AIロボットはそんな壁を打ち破る。何より、新たなアイデアを生むという創造的な仕事にあてる時間を研究者につくってくれる」

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 世界的にも、実験をするAIロボットの開発が進む。英リバプール大のロボットは8日間で688回の実験をし、触媒の性能を6倍以上に高めた。物理的な扱いが難しい固体材料を対象とするのは一杉さんが初めてだ。巡り合わせがAIロボットを生んだ。

 東北大准教授のとき、「数学を使って材料科学を発展させる」というプロジェクトに参加し、機械学習を専門とする数理研究者らと議論を重ねているうちに、AIを実験に使えると気づいた。ロボットを取り入れることを着想したのは、大手電機メーカーで半導体の技術者だった父のおかげだ。半導体ではロボットが生産プロセスを担うのが当たり前で、小さいころからなじみがあった。

 いま企業と手を組み、このAIロボットを使って次世代の全固体電池の電解質や電極の材料を探している。世界的にも最も競争が激しい研究テーマの一つだ。「なんとか勝ち抜きたい」という。

 苦い思い出がある。東大で博士号を取った後、ソニーに就職し、携帯情報端末(PDA)の「クリエ」の開発に携わった。いまのスマホの原型にあたる画期的な製品だったが、アイフォーンなどにあっという間に取って代わられた。かつては世界市場を席巻した日本の半導体産業も、いまや台湾や韓国に大きく引き離されている。「日本のマテリアル産業を何とか盛り上げたい。アカデミアも元気になり、学生も興味を持ってくれる。そうすると大学の研究も活発になり、産業がさらに発展する。そういった好循環をつくり出していければ」

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 AIロボットで実験できる分野はまだ一部だ。高分子(ポリマー)や触媒などの分野にも裾野を広げ、さらには、人間の横でロボットが一緒に実験する、いわば人とロボットが共生する世界を思い描く。

 そのために欠かせないのが人材育成だ。東大に戻って4カ月近く。新たなAIロボット開発の準備を進めつつ、これから研究室に入ってくる学生たちへの教育をどうするか、思いをめぐらせる。「専門バカになってはいけない。デジタル(AIロボット)と材料の両方ともできる、大谷翔平選手みたいな二刀流を育てたい」

 一杉さんが強い影響を受けたのが、東大工学部・大学院時代の恩師である北澤宏一氏だ。1980年代後半に世界に一大ブームを巻き起こした高温超伝導の研究をリードした研究者として知られる。自分の研究分野にだけ埋没するのではなく、さまざまな分野に顔を出した。「目利き」に優れ、公的研究費を配分する科学技術振興機構の理事長も務めたが、8年前に突然なくなった。

 北澤氏からは実験結果の議論よりも、国際情勢や経済、歴史観などをよく問いかけられた。研究だけでなく、広い視野を持つことの大切さを学んだ。「最先端の知識もやがて陳腐化する。学生たちには、研究を通じて人類初のことをやる方法を身につけ、社会に出て新たな領域を切り開いてほしい」

 亡き師の志を次世代につなぐことも自分の役割だと感じている。(桜井林太郎)

 ひとすぎ・たろう 1971年、大分県生まれ。専門は固体化学。東京大で博士号を取得し、ソニーに就職。その後、東大助手、東北大准教授、東京工業大教授を経て、22年4月から現職。政府の統合イノベーション戦略推進会議の下に設置された有識者会議のメンバーとして「マテリアル革新力強化戦略」の策定にもかかわった。