渋滞、過密、屋外で泊まった富士登山 コロナで変わった世界遺産の頂

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石平道典
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 夏の登山シーズンを迎えた日本最高峰、富士山。登山者たちがその頂上を目指し、斜面を一歩一歩登っていく。

 富士登山の歴史は、古くは平安末期に登山道が開かれて始まったとされる。江戸時代には富士山の登拝を目的にする「富士講」が盛んになった。

 はるか時代は下り、昭和へ。山梨県側に有料道路・富士スバルラインが開通したのは1964年のことだ。麓(ふもと)から5合目へ一気に行くことができるため、登山者や観光客が急増した。

登山者が埋め尽くす…都会の道路と同じ

 72年に撮影された写真には、大勢の登山者で埋め尽くされた登山道の様子や、山小屋が満員となり、外で寝泊まりする登山者の姿が写る。

 「夏の富士山はもう山ではない。都会の道路と同じだ」「過密レジャーでは山登りのダイゴ味は味わえない」。同年7月31日付の朝日新聞は「過密富士登山」と見出しを付け、関係者のコメントを掲載した。

 それでも夏になると、多くの登山者が「ご来光」を拝んだり、山頂部の火口を一周する「お鉢巡り」をしたりするため、頂をめざし続けてきた。富士山に宗教性や芸術性を見いだしてきた日本人。そうした価値が評価され、2013年、富士山は世界文化遺産に登録された。

 ところが――。

登山者が外で寝泊まりするほど過密だった富士登山。それは世界遺産登録後も変わりません。記事後半では、朝日新聞フォトアーカイブ(https://photoarchives.asahi.com/別ウインドウで開きます)収録の写真とともに、コロナ禍の富士山の様子も伝えます。

世界遺産に登録、すし詰めの富士山

 「富士山すし詰め 登山者急…

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