第7回世界が震撼した天安門事件 関係改善「シグナル」へ日米中の探り合い

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編集委員・藤田直央、里見稔
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 1989年6月4日、天安門事件が起きる。改革派の前中国共産党総書記・胡耀邦が4月に死去し、北京での追悼デモが民主化運動に発展。政府が軍を出動させ、発砲にも及んで鎮圧した。正確な死者数は今もわからない。

 米ソ両陣営による「東西対立」と呼ばれた冷戦の下で、西側の日米欧は70年代末以来、最高実力者・鄧小平が主導する中国経済改革開放路線を支えてきた。その中国があらわにした民衆への強圧に、西側は震撼(しんかん)した。

 日本の外務省では6月14日、事務方ナンバー2の外務審議官・栗山尚一が「基本的考え方」をまとめた。72年の日中国交正常化に条約課長として携わった人物だ。

連載「日中国交正常化50年 外交記録は語る」(全13回)

日中国交正常化から9月29日で50周年を迎える。この間、さまざまな政治家や官僚らの往来があり、日中関係には紆余曲折があった。1970年代末から90年代初めにかけてを外交記録から読み解く(敬称略)。

 「わが国の対中政策の大きな…

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    古谷浩一
    (朝日新聞論説委員=中国政治、日中)
    2022年8月7日11時12分 投稿
    【視点】

    若干補足させてもらえればと思うのですが、このときの米パパブッシュ政権の驚くべきところは、記事中にあるスコウクロフトの7月の秘密訪中を同盟国の日本にも半年間近く伝えなかったことです。 有名な話ではありますが、あえて時系列で説明すると、まず1

連載日中国交正常化50年 外交記録は語る(全13回)

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