第8回天安門事件から1年 日本「中国を孤立させない」、円借款凍結解除へ

有料記事

編集委員・藤田直央、里見稔
[PR]

 中国政府は1990年1月10日、8カ月にわたった北京での戒厳令の解除を発表した。戒厳令は天安門事件の前月、民主化運動に対し「動乱を制止する」として出され、軍が出動して鎮圧した後もずっと続いていた。

 前後して、日本政府は第3次円借款の凍結解除に備えた協議のため、経済協力局長の松浦晃一郎の訪中を発表。訪欧中だった首相の海部俊樹は12日、イタリア首相アンドレオッチとの会談でこう語った。

 「米国のスコウクロフト(大統領)補佐官が先般中国からの帰途日本に立ち寄り、中国、米国の立場を説明してくれた。スコウクロフトは中国側に環境を整備すべきだと言い、中国側も戒厳令を解除した。中国の西(側諸国)へのシグナルだ。日本もしかるべきレベルの交流から始めて中国の動きを見てみたい」

 スコウクロフトは89年12月上旬、米ソが冷戦終結を宣言した首脳会談の直後に中国と日本を訪れ、海部とも会談していた。米中関係修復と、そのために日本と連携を強めたい大統領ブッシュの意向を受けたものだった。

 スコウクロフトは外相の銭其琛と、米中関係修復の「ロードマップ」について、米国大使館が天安門事件以来保護する民主化運動のシンボルの学者・方励之の扱いも含め協議。しかし、それから1カ月経っても米中はすくみ合っていた。北京の戒厳令解除は日米の読みより2週間ほど遅れ、中国は直後に天安門事件での逮捕者を一部釈放したが、「ロードマップ」は停滞していた。

連載「日中国交正常化50年 外交記録は語る」(全13回)

日中国交正常化から9月29日で50周年を迎える。この間、さまざまな政治家や官僚らの往来があり、日中関係には紆余曲折があった。1970年代末から90年代初めにかけてを外交記録から読み解く(敬称略)。

海部氏とブッシュ氏、突っ込んで語った夕食会で…

 その理由は、スコウクロフト…

この記事は有料記事です。残り2700文字有料会員になると続きをお読みいただけます。
【10/18まで】有料記事読み放題のスタンダードコースが今なら2カ月間無料!

連載日中国交正常化50年 外交記録は語る(全13回)

この連載の一覧を見る