第10回日中正常化20年目の天皇訪中 宮沢喜一首相の執念、反対論乗り越え

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編集委員・藤田直央、里見稔
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 日中国交正常化20周年の1992年秋に実現する天皇訪中。だが、自民党内を中心に2月ごろから反対論がわき起こり、実現に向け「冷却期間」を置こうとした首相の宮沢喜一の腐心が続いた。

 4月17日、反対派の国会議員らは東京・永田町のホテルに外務省中国課長の樽井澄夫らを呼び、口々に批判した。「中国に行けば『お言葉』で謝らされるのがオチだ」「民主化されていない国に行かれるのはおかしい」「(中国が日本の首相の参拝を批判する)靖国問題はけしからん」「過去の戦争で日中はゆがめられている。尖閣問題、PKOしかりだ」

 宮沢は冷戦後の日本の国際貢献を探り、自衛隊の国連平和維持活動(PKO)参加に道を開く法案の早期成立を期していたが、野党の反発で国会審議は荒れていた。そんな中、4月上旬に来日した共産党総書記の江沢民は、宮沢との会談で自衛隊の海外派遣について「慎重な態度」を求めていた。

 外務省は巻き返しを図る。外務事務次官の小和田恒は4月30日、江との会談へ訪中する元首相の竹下登を訪ね、天皇訪中を「少しでも前に進める」ためとして「発言要領」を説明した。

連載「日中国交正常化50年 外交記録は語る」(全13回)

日中国交正常化から9月29日で50周年を迎える。この間、さまざまな政治家や官僚らの往来があり、日中関係には紆余曲折があった。1970年代末から90年代初めにかけてを外交記録から読み解く(敬称略)。

 「橋本(恕・駐中国)大使か…

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