古代の役所か 大田原市の麦畑で遺構確認

小野智美
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 栃木県大田原市の湯津上地区で昨年から今年にかけて、何らかの施設を区画したとみられる溝の跡が、市の発掘調査で見つかった。専門家は「古代の役所跡」だとみており、市教委は「国史跡への指定を目指す」としている。

 市教育委員会は2019年度からこの地域で調査をしている。今回の遺構は、那珂川町寄りの高台の麦畑で発見された。

 土をはぎとると幅1・8メートルの溝の跡が現れ、直線に延びた先でほぼ直角に曲がっていた。内部で8~9世紀の土器が見つかり、溝も古代のものと推定された。

 市なす風土記の丘湯津上資料館の上野修一館長によると、溝の跡が途切れていた部分があり、そばに門柱を立てたとみられる穴も見つかった。また、約20メートル内側でも溝の跡が見つかり、外側と同じように途中で直角に折れていた。

 市発掘調査指導委員会の委員長を務める島根大学の大橋泰夫教授は、溝がほぼ直角の形に折れ、さらに二重になっていることから「役所の跡だと見ていい」と語る。集落の跡ではこうした区画はみられないという。

 建物の跡は見つかっておらず、どんな役所だったかはまだ不明だ。大橋教授は、約2キロ南にあった古代の那須郡の役所「那須官衙(かんが)」の支所や、兵士の駐屯施設「軍団」だった可能性があるとみる。また、約3キロ北の田畑で古代の幹線道路「東山道駅路(とうざんどうえきろ)」の跡が一昨年度に発見されたことから、この道にあった中継基地の「駅家(うまや)」の一つだったことも考えられると話す。

 大橋教授によると、古代の那須郡は国営で砂金を採取していた地で、東北地方の人々を「征討」に出向く際の要所でもあった。今回見つかった遺構については、「古代の国の歴史を知るために重要な遺跡」である可能性があるとみて、今後の調査に期待を寄せる。

 市文化振興課の長竜也課長によると、発掘調査は国の補助を受けており、来年度までの予定だが、9月の委員会で今後の方針を話し合う。(小野智美)