関東大震災、被災者あふれた丸の内 96回続く三菱地所の防災訓練

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古城博隆
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 関東大震災から99年の1日、東京・丸の内周辺で、不動産大手の三菱地所が総合防災訓練を実施した。関東大震災を機に1926年に始まり、今年で96回目。超高層ビルが連なる現在の街並みから被災の記憶を読み取るのは難しいが、街づくりを担ってきた同社は、当時と変わらず、多くの人が行き交う街ならではの課題と向き合っている。(古城博隆)

 東京駅から徒歩4分。約8千人が働く地上38階、地下5階の「常盤橋タワー」に1日午前、消防車が一斉放水した。昨年6月にでき、通常の高層ビルの1・5倍の耐震性能を備える。地震後に3階のカフェから出火したと想定し、初期消火や避難の手順を確認した。

 同社主催の訓練には、グループ会社を含め、約2千人が参加。地域の消防、警察、医師会も加わった。被災の状況を体感する煙ハウスやVR(仮想現実)体験車両では例年、街の人の飛び入り参加も受け入れる。

 防災の日の9月1日は同社にとって特別な日だ。新入社員研修で「絶対に予定を空けておくように」と言い渡され、当日はアポや出張は入れず、社長を筆頭に訓練に臨む。「災害対策要員」に指定された全社員の9割、900人弱は午前7時15分出社。個人ロッカーに常備するヘルメットや安全靴を身につけ、持ち場へ。胸に三菱の入った非常服を着るのは、「支援にあたる立場であることを、街の皆さんに分かりやすく伝えるため」と、同社で防災・危機管理を担当する中井大貴さん(36)。

 都心に住む1割の社員は「応急要員」とされ、自宅にもヘルメットや安全靴などを備える。都心で震度6弱を観測した場合、家族の安全を確認した後、本社に駆けつける。全社員がAED(自動体外式除細動器)を扱えるよう計画的に救命講習も実施している。

 毎年の訓練は、防災をアップデートする機会でもある。ここ数年も、デジタル技術を駆使した情報共有、警備ロボットの災害時の転用、英語・中国語・韓国語を用いた多言語訓練などを試みた。今年は、一定数の在宅勤務者を前提に、初動対応のシナリオを組んだ。

 中井さんは「防災は、本業の一環。安全安心はエリアの付加価値にも、ビジネスにもつながる」と話す。

 同社には災害時に救援にあたってきた伝統がある。

 1923年9月1日、完成まもない旧・丸ビル巨大地震が襲う。後に社長・会長を務める故・渡辺武次郎氏は当時、若手の一人として、丸ビルに勤務中だった。証言が社史に残る。

 〈私たちの部屋からは、ちょうど当時の浅草の十二階がよく見えていました。第2回目(の揺れ)だと思いましたが、たちまちのうちに十二階がなくなりました〉

 十二階とは、日本初の電動エレベーターを備えた展望塔「凌雲閣」のこと。揺れで上部が崩れた。丸の内の社有物件に大きな被害はなかったが、近くで建設中のビルが潰れ、多くの作業員が圧死。周辺の警視庁や帝国劇場は炎上した。

 〈丸の内の周辺の川、常盤橋辺り一帯は、死骸が累々としており、池の中も死人でいっぱいでした〉

「丸の内の人々の保護のために、皆で残れ」

 「丸の内の人々の保護のため…

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