第1回40年間封印した鉄道好きの血 60歳から挑んだ全駅制覇への長い旅

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江戸川夏樹
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 2020年10月16日、岩手県 新田老駅。

 長谷川健治さん(80)はホームに三脚を置いた。その時の写真の顔は少し疲れている。撮影の許可を得るのに、時間がかかってしまった。でも、ここが最終点。

 9769駅。JRと私鉄、全国すべての駅を一つ一つ降りて、すべて撮影する16年の旅が終わった。

 でも、終わっていない。新しい駅が、次々に出来ていく。

 とんでもない計画を立ててしまったものだ。

 リストには、30年に建設予定の駅の名前も入っている。「西九州新幹線も大阪のなにわ筋線も、どんどん出来ちゃうでしょう。もうね。開通が先か、逝くのが先かって話ですよ」

 そう笑いながら、毎日せっせと新駅を探す。それは、この旅で見てきた廃駅に哀愁を感じたから。生まれる駅がいとおしい。

 きっかけは半世紀前の切符だった。

 函館、釧路、長万部。所狭しと北海道の地名の判子が押されている。東京からの運賃を合わせた、まるでパスポートのような北海道周遊切符を、鉄道好きの職場の同僚がまじまじと見つめた。「こんな切符が今も残っているんですね」

 1960年代、大学生の時に使った切符だった。その当時、鉄道愛好会に所属。国鉄の全277路線制覇を成し遂げていた。

 同僚は続けた。「鉄道雑誌で紹介したらどうですか」

 大学卒業後は東芝に就職。約40年間、鉄道好きの血は封印していた。だが、退職間際の同僚の一言に、火がついた。2年間、3カ月に1回。切符にまつわる思い出話を連載することになった。

 執筆のために調べてみると、大学時代に訪れた複数の駅が無くなっていた。問い合わせると、駅舎の写真も残っていないという。

 上越線のある駅の待合室をふと思い出した。20歳ぐらいの青白い顔の女性を連れた中年女性が隣の客に話していた。「結核にかかって病院に連れて行くんですよ」。そんな話をここでするのか。驚きと共に、駅には、多くの人生が凝縮されている気がした。

 そんな駅たち。さらに消えゆく場所もあるだろう。もう一度、すべての路線を回ってみよう。

 2002年、60歳。東京都の自宅から、毎日のように駅へと向かった。

人生半ばを過ぎて、がらりと生き方を変え、新たな挑戦を始めた人たちがいます。人生第2幕にかける強い思いの源を探り、「本当の人生」の楽しみ方を伝える連載を始めます。この記事の後半では、長谷川さんイチオシの10駅も紹介します。

「ライフワークとしては…」 変えた計画

 だが、途中で気付いてしまっ…

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