消えた富士見坂、世界が認める絶景…変わりゆく眺め、富士山を探して

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石平道典
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 8月11日は「山の日」。「山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する」という趣旨で、2016年から祝日になった。

 標高3776メートルの日本一の霊峰、富士山。いままでどれほど多くの人たちが富士山に親しみ、感謝をしてきたのだろう。世界文化遺産でもある雄大な姿は、信仰や芸術の対象となり、日本人の心のふるさとにもなっている。

 富士山は至る所から見ることができ、人々は様々な思いを抱いてきた。

 朝日新聞東京本社は以前、東京・有楽町にあった。現在は有楽町マリオンがある場所だ。終戦から9年、1954年に本社から撮影された写真には、帝国ホテル日比谷公会堂のはるか先に、富士山の頂が顔をのぞかせている。

車窓から、都心から望む富士山

 さらに9年後の写真。63年のアサヒグラフには、大阪発東京行きの臨時列車「新婚列車ことぶき号」の車窓から富士山を眺めるカップルの姿が掲載された。新しい人生への旅。ふたりの目に富士山はどう映っていたのだろう。

 このころ、東海道新幹線の開通に向けて急ピッチで建設工事が進められていた。同年に静岡県吉原市(現・富士市)で撮影された写真には、富士山を背景に、新幹線が通る予定の高架が延びる様子が収められている。

 東京駅から新大阪駅を結ぶ東海道新幹線は翌64年、東京五輪の開会式直前の10月1日に開通した。下りでは右手に、上りでは左手に、富士山を仰ぎ見ることができる。いつの時代も、東海道新幹線で旅するとき、富士山は車窓の楽しみになっている。

 富士山の姿は、東京の都心からもよく見えた。

 75年に新宿副都心で撮影された写真には、高層ビルの谷間から富士山がくっきり。京王プラザホテル(高さ178メートル)や新宿住友ビル(同約210メートル)など70~80年代にかけて新宿駅西口側に広がる超高層ビル群が生まれたが、それらの建物の間からも遠くの富士山を見ることができた。

 しかし、そんな光景にも変化が訪れる。

新都庁建設で「富士山どこだ」

多くの人が様々な思いを抱いて見つめてきた富士山。時代は移り変わり、東京の都心から富士山が眺めにくくなっていきます。記事後半では、朝日新聞フォトアーカイブ(https://photoarchives.asahi.com/別ウインドウで開きます)収録の写真とともに、消えてしまった富士山の眺望や、いま人気の絶景スポットなどを伝えます。

 「富士山どこだ 都庁舎移転で見えにくく」

 87年6月24日付の朝日新聞夕刊(紙面は東京本社版)にそんな見出しが載った。記事にはこう書かれている。

 「東京・新宿の副都心にそび…

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