第2回抑留4年、ソ連の軍医が言った「ニナーダ」 衝撃を受けたその意味

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構成・坂田達郎
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 山形県西川町の片倉政雄さん(98)は、衛生兵として満州(中国東北部)で終戦を迎え、シベリアに4年間、抑留された。帰国を前に、ソ連(現ロシア)の軍医の言葉に衝撃を受けた。ロシアによるウクライナ侵攻が続く中、「戦争はだめだ」と力を込める。

戦火の中で青春を過ごした人たちは、百歳前後になろうとしています。その体験をいま、書き残しておきたい。戦後77年の夏、あらためて耳を傾けました。

 山形部隊の北部十八部隊に1943年に入隊し、中ソ国境に近い北満州の神武屯(じんむとん)に向かいました。まず銃剣術の訓練を受けましたが、凍傷になって歩けなくなった仲間もいました。

 終戦間際に奉天(現・瀋陽)の陸軍病院で衛生兵の教育を受けました。戦況は厳しく、沖縄はすでに決戦状態。時間がなく、実地、実地ということで、衛生兵になった人が互いに注射しあいました。結局、戦場には行きませんでした。

 戦争が終わると貨物列車に乗せられました。ウラジオストク経由で日本に帰るといううわさもあったのですが、列車は北へ北へ。着いたのはチタで、2千人以上いる収容所でした。

 11月の山に連れて行かれ…

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