第1回人生、役者でぼうにふろう 退路断って飛びこんだ 5月・入塾審査

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井上秀樹
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 空から、何か降ってきた。鳥のフンだった。危うく当たりかけたのに、加村啓(21)は思わず喜んだ。「何かのお告げかもな。運がつく、って」

 5月8日、無名塾の入塾審査に向かう途中だった。

 演劇に映画に数々の代表作を築いてきた仲代達矢が、妻の宮崎恭子と立ち上げた俳優養成所が、無名塾だ。1975年の創設以来、役所広司益岡徹若村麻由美、滝藤賢一といった名だたる俳優たちが輩出してきた。

 今年、5年ぶりに32期の新入塾生を募集した。年末には90歳になる仲代が新人を指導する、数少ない機会だ。各地から若者が名乗りを上げた。

 東急田園都市線用賀駅から歩いて15分ほど。東京・世田谷の住宅地に、無名塾の稽古場はある。

 最終となる3次審査に、13人が参加していた。男は白か黒のシャツに黒系のズボン、女は白いシャツと黒系のロングスカート姿。地味な服装は、演技で資質を見極めるためのようだ。

 「おはようございます!」。午前11時、仲代が姿を現すと、全員が起立してあいさつする。仲代は穏やかにしゃべるが、緊張感は一気に高まる。

 板張りの稽古場の真ん中で、受験生は2人一組となり、岸田国士の戯曲「紙風船」の一場面を演じる。審査するスタッフや先輩の塾生が、一斉に見つめる。窓の外で、新緑がまばゆい。

厳しい役者修業で知られる無名塾に、5年ぶりの新人が入りました。舞台公演もままならないコロナ禍、若者たちは何を懸けるのか。オーディションから「いのちぼうにふろう物語」の初舞台まで、青春の緊張を見つめます。

 ひと通り演じ終えると、今度…

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