復活する川辺川ダム 2年前の豪雨で空気一変 「ダムありき」異論も

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長妻昭明、大貫聡子 安田朋起、今村建二
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 熊本県南部を流れる球磨川支流の川辺川にダムを作る河川整備計画づくりが大詰めを迎えている。2年前の球磨川氾濫(はんらん)で、「ダムによらない治水」を掲げてきた蒲島郁夫知事が治水専用の流水型ダム容認に転じると、国は急ピッチでダム計画復活の手続きを進めてきた。だが、流域住民には相次ぐ方針転換への不信や「ダムありき」への異論が根強く、計画通り進むかは見通せない。

 ダムができれば中心部が水没する五木村。6月5日の村民説明会に出席した蒲島知事は、普段は水をためない流水型ダムの「利点」を強調し、観光振興策に力を込めた。出席した元村議の樅木(もみのき)晴美さん(66)は半世紀にわたる曲折を思い、怒りが抑えきれなかった。「まったく現実味がない。ダムに振り回されてきた村のことを軽んじているように感じた」

 川辺川ダム計画が発表されたのは1966年。「子守唄の里」で有名な五木村は当初猛反対したが、苦渋の決断で82年に受け入れに転じ、多くの住民が村を去り、代替地へ移った。

 だが、下流域でのダム反対の高まりを受け、2008年に蒲島知事が「白紙撤回」を表明。川沿いに宿泊施設を整備するなどダムによらない振興策を進め、ようやく新しい村の形が見えてきた矢先にダム計画が「復活」した。

 20年7月の豪雨では、ダム計画のきっかけとなった65年の水害を上回る記録的な雨量で球磨川が氾濫し、流域で50人が亡くなった。

 国は県や市町村を巻き込んで検証委員会を設け、20年10月、もし川辺川ダムがあれば人吉市周辺の球磨川の水位を約1・9メートル下げ、浸水面積を6割減らせたとの推計を公表。蒲島知事は翌月、ダム容認に転じた。豪雨から約4カ月。被災者がまだ生活の立て直しに懸命な時期だった。

急ピッチで進む川辺川ダム計画の復活。記事の後半では、球磨川を襲った記録的豪雨への対応策として、流水型ダムは果たして解決策になるのか。流域住民や有識者の声から考えます。

 球磨川や川辺川の清流は観光や焼酎づくりなどの産業を支え、体の大きい「尺アユ」を育むなど恵みも大きい「地域の宝」だ。蒲島知事はダム容認にあたり「命も清流も守る」とアピール。利水や発電にも使う多目的の貯留型ダムから、洪水時だけ水をためる治水専用の流水型ダムに変わることを強調した。

 だが、実際は従来計画の復活にほかならない。

 位置や規模は同じ。用地取得…

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