「ペロシ・ショック」緊迫の台湾情勢 理解を助ける三つのキーワード

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北京=林望
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 ペロシ米下院議長の台湾訪問で米中関係が揺れています。そのインパクトは「歴史的」になるとの指摘まであります。なぜそう言われるのか。理解を助ける三つのキーワードを紹介します。

中華人民共和国中華民国

そもそも、中台はなぜ対立しているのか?

 20世紀の初めまで、中国は映画「ラストエンペラー」でも知られる清王朝が支配していましたが、1911年、孫文ら各地の志士による辛亥(しん・がい)革命で数千年来の王朝時代にピリオドが打たれ、中華民国ができました。

 しかし、孫文の国民党以外にもライバルの軍閥などが各地に勢力を張り、混乱が続きました。当時は欧米列強や日本が植民地を争う帝国主義の時代です。祖国の命運に危機感を抱く若者たちが「国を救いたい」と声を上げるなか、1921年に上海で産声を上げたのが中国共産党です。共産党は国民党などの弾圧を受け、存亡の危機を繰り返しましたが、都市の貧しい労働者らに支えられてしぶとく勢力を広げました。日本軍が中国への侵略を強めると、共産党は宿敵の国民党とも手を結んだりしながら広大な中国を転戦し、農村を拠点に支持を広げていきました。

 日本の敗戦後、共産党は中国の支配をかけた国民党との内戦に勝ち、1949年に中華人民共和国を建国。中国は社会主義の道を進みました。

 敗れた国民党は共産党の力が及んでいなかった台湾に逃れ、中華民国を存続させました。その後も「中国を支配する合法的な政権は自分たちである」と主張し、長らく、大陸への反攻の機会をうかがいました。

 中国の支配を取り戻すという国民党の野望は次第に現実味を失いましたが、民主化を経て、市民の間には「台湾は台湾」であり、民主的な政治体制と自由な社会を大事にしたいという意識が根づいたのです。

 一方、共産党政権は「台湾は古来、中国の一部だ」として、列強の侵略で失った領土や尊厳を取り戻す最後のピースとして、中台統一を自らの使命と位置づけています。

一つの中国

なぜ、台湾を「国」と呼ばない…

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    坂尻信義
    (朝日新聞編集委員=国際政治)
    2022年8月6日14時50分 投稿
    【視点】

    中国軍による今回の軍事演習は、ペロシ米下院議長の訪台を口実として最大限利用し、これまでは憚られていた大規模で大胆な軍事演習を繰り広げている印象があります。ペロシ氏の行動やそれを支持する米議会、追認したバイデン政権に中国が反発し、台湾を取り囲