1歳で被爆した和田征子さん 7分に及んだ演説、最後に訴えた言葉

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田井中雅人、ニューヨーク=藤原学思
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 米ニューヨークで開かれている核不拡散条約(NPT)再検討会議で5日午後(日本時間6日未明)、1歳のときに長崎で被爆した和田征子(まさこ)さん(78)=横浜市=が演説した。母から語り聞いた当時の惨状とともに、世界に伝えたかった思いとは。

 「体中のやけどのため茶色になり、着けているものもほとんどない、髪の毛は、血で角のように固まった人たちでした」

 5日午後、国連本部の総会議場に、和田さんの演説が響いた。元英語教師で米国滞在の経験もあり、英語で証言できる数少ない被爆者の一人だ。被爆者の全国組織、日本原水爆被害者団体協議会事務局次長として、各国のNGOが発言できる時間帯に登壇した。

 米軍が長崎に原爆を投下した1945年8月9日、和田さんは爆心地から2・9キロ離れた自宅にいた。まだ1歳9カ月。当時の記憶はない。演説では母から繰り返し聞いた話を伝えた。

 自宅隣の空き地が火葬場にな…

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