甲子園で野球「当たり前じゃない」 選抜辞退校のエースがみせた成長
入場行進に合わせて、手拍子や拍手が響く。始球式に登板した斎藤佑樹さんの速球にどよめきが起こった。3年ぶりに観客の上限人数が撤廃され、甲子園が開幕した。少しだけ、夏の風物詩が戻ってきた感じがする。
その一方で、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、行進は急きょ、主将だけに限られた。
さらに、陽性者が出たため県岐阜商、浜田、帝京五、九州国際大付、有田工、九州学院の6校は主将も欠席となった。
プラカードを持つ女子生徒だけの行進を見て、やりきれない思いがした。場内から送られた、ひときわ温かい拍手が心に残った。
前日のリハーサルは43校の選手が集った。3年前までのように、行進の待ち時間に他校の選手と談笑する選手もいた。「お互い、U18代表に選ばれたらいいな」。ある選手はそんな短い会話を交わしたという。
かつては当たり前だった、そんな光景はまた、遠のいた。
今年の3年生は入学時からコロナ禍だった。休校などで入部が遅れ、1年夏の選手権大会は中止。野球だけでなく、思い描いたような高校生活も送れなかっただろう。
2年前の甲子園交流試合を思い出す。中止された選抜大会に選ばれていた32校が1試合ずつ戦った。家族や学校関係者以外は入場できず、吹奏楽の演奏もなし。選手が甲子園の土を踏めたのはよかったが、普段は聞こえづらいグラウンド上の声やセミの鳴き声が耳に入るたびに、寂しさを感じた。
この日、第3試合に登場する京都国際は集団感染のため、今春の選抜大会を直前で辞退した。
小牧憲継(のりつぐ)監督は「4、5月は選手の状態が心身ともに上がらず、前に進めなかった。今でも本調子ではない選手がいる」と明かす。
開会式を欠席した6校について「苦しさ、大変さが分かるからこそ軽々しいことは言えない。ただただ、回復を願います」と思いやった。
京都国際は春のつらさを越え、2年連続出場にこぎ着けた。「野球ができることは当たり前じゃないと実感したのでしょう」。例えばポーカーフェースだったエースの森下瑠大(りゅうだい)は、試合で笑顔や気迫が前面に出るようになったという。
「投げさせてもらえる喜びを、みんなの前で意図的に出していると思う」と小牧監督は、人間的な成長を感じている。
横浜の玉城陽希(はるき)主将が選手宣誓で言った。「聖地甲子園で野球ができる喜びにいま、満ちあふれています」。49校すべてを代表したこの思いが、最後まで、1校も漏れることなく、つながってほしい。(編集委員・稲崎航一)