笑いには差別をただすパワーも 「ゼロコロナ政策化」がはらむ危険

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聞き手・中島鉄郎
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 冗談やユーモアのつもりで発せられた言葉が炎上し、発言者が非難の的になる事件が目立つ。そのたび、差別や偏見につながりやすい「笑い」自体に厳しい目が向けられる。「笑い」は「取扱注意」の忌避するべきものなのか。「笑いの哲学」の著書もある日本女子大教授の木村覚さんに話を聞いた。

 1971年生まれ。日本女子大教授。専門は美学、ダンス研究。著書に「笑いの哲学」「未来のダンスを開発する」など。

社会の価値観と密接に関係

 ――「笑い」はそもそも、差別や偏見と結びつきやすいと言えるのでしょうか。

 「笑いは、社会が私たちに押しつけてくる美醜や優劣の価値観に密接に関係しています。私はこの価値観を『掟(おきて)』と呼んでいますが、卑近な例で言えば、例えば『目の大きい女性は美しい』『太った男性はもてない』といったものも『掟』のひとつです。そういう価値観を否定するにせよ、ちまたにあふれていることを意識しながら生きています。この掟への向き合い方次第で、笑いは偏見に近づいてしまいます」

 ――例えば、吉野家の元常務取締役の男性が、早稲田大学の社会人向け講座で「生娘(きむすめ)をシャブ漬け戦略」と発言しましたが、あれも冗談やユーモアのつもりで出てきた言葉だと思います。

 「あの元常務の発言は、地方出身者や女性、依存症などへの偏見に乗った笑いでした。つまり社会にはびこる偏見や差別の枠組みを使って、何かをステレオタイプにあてはめる笑いで、掟を強めてしまいます」

記事後半では、差別や偏見とみなされないよう、先回りして「安心な言葉」を求める社会について考えます。笑いの「ゼロコロナ政策化」を進めると、むしろ差別や偏見は内側に温存されてしまうのでは、と木村さんは危惧します。

 ――激しい批判を浴びました…

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