昼食は凍った黒パン1切れ、力尽きる仲間 16歳が体験した強制労働

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井岡諒
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 神戸海運局(現・神戸運輸監理部)で定年まで勤め上げた阿部順造さん(93)は2年前に妻を亡くし、今は神戸市垂水区マンションで一人で暮らす。長男と飲むビールが楽しみだ。そんな穏やかな人生には、「死と隣り合わせでした」と振り返る3年間がある。

 1929年、神戸に生まれた。38年の阪神大水害で家を失い、新天地を求めた両親と旧満州に渡った。終戦を迎えた時は16歳。旧制間島中学4年生だった。

 終戦から間もない頃、級友と勤労動員先だった燃料工場の宿舎にいると、号令がかかった。「全員、直ちに食堂に集合」。日本軍将校とソ連の兵隊が居た。将校は「内地に連れて帰ってやるために迎えに来た。しかし、全員というわけにはいかない。このうちの26人だけだ」と告げた。阿部さんは最後の一人に滑り込んだ。なぜか「年齢を聞かれたら18歳と答えろ」と送り出され、貨車に乗せられた。

連れて来られた先で悟った

 貨車が止まったのは、ハバロ…

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