「お母さん」に感謝、手記につづった 原爆孤児らを育てた施設

有料記事核といのちを考える

西岡矩毅
[PR]

 77年前に原爆が落とされた長崎に、原爆孤児らを育てる施設があった。被爆者の作家が、施設で育った人たちの手記をまとめた本をこの秋、14年ぶりに復刻する。ロシアのウクライナ侵攻を目の当たりにし、戦争が生む孤児の苦悩を知ってほしいと考えている。

 「寮生活は夢のような幸せな毎日でした。(職員たちは)地獄をくぐりぬけてきた子ども達(たち)に安らぎを与えるため日々苦慮して下さった」(手記から)

 施設は「向陽寮」。原爆投下から3年後の1948年、長崎県爆心地の北約3キロにある今の長崎市岩屋町に開設した。この年、92人の子どもが寮に入ったという。

「お母さん」と慕われた寮長

 初代の寮長は故・餅田千代さん。県の援護課と関わる仕事をしていた縁で選ばれた。寮生に慕われ、「お母さん」と呼ばれていた。

 「(お母さんは)学校の参観…

この記事は有料記事です。残り1185文字有料会員になると続きをお読みいただけます。
【10/18まで】有料記事読み放題のスタンダードコースが今なら2カ月間無料!
核といのちを考える

核といのちを考える

被爆者はいま、核兵器と人類の関係は。インタビューやコラムで問い直します。[記事一覧へ]