諦めた看護免状、気力も失う 将来変えた戦争「なぜ今も起きるのか」

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構成・小幡淳一
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 岩手県一戸町の赤屋敷タマさん(92)は手先が器用な子どもだった。幼いころから針と糸を上手に操り、近所の子たちの衣類のほつれを直した。機織りの名人として知られ、いまも時々、手織り機に向かう。

戦火の中で青春を過ごした人たちは、百歳前後になろうとしています。その体験をいま、書き残しておきたい。戦後77年の夏、あらためて耳を傾けました。

 実は戸籍の年齢は間違っていて、本当は2歳ぐらい年上のはず。役場への届け出を知り合いに依頼したらその人が忘れてしまって。だから、学校ではみんなよりも本当は年上でした。

 農家に生まれ、7人きょうだいの末っ子。小学校を終えると働くために家を出る時代。でも、ちゃんとした職業に就きたかったから、両親に隠れ、姉と兄に月謝を出してもらって町中心部の女学校に通いました。片道10キロ近く。雪が降っても山道をつらいと思ったことはなかったですね。

 近所では貧富の差やねたみがあったけど、女学校はみんな一緒。頑張れば成績が上がり、評価される。お裁縫もほめられた。カンテラのわずかな明かりで本を読んで勉強。楽しかった。

 そんな生活は戦争で一変しました。2年生からは乾燥トウモロコシの実を取るなどの労働だけ。燃料にするのか、松の根を掘り起こして松根油を採取しました。

 現場に汽車で移動する時、屋…

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