甲子園への旅路、犠牲になった少年 白球供えた大阪桐蔭元主将の誓い

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川村さくら
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 小学3年だった美谷島健君は、高校野球が大好きな少年だった。なかでも大阪の強豪、PL学園にあこがれていた。

 1985年8月12日。甲子園でPL学園を応援するのを楽しみに、ジャンボ機に乗った。初めての一人旅。関西の親族宅に向かう途中で、その機体は墜落した。当時、9歳だった。

 この年のPL学園は、桑田真澄さんと清原和博さんの「KKコンビ」を擁し、夏の甲子園で優勝。事情を知った同校から遺族の元に選手のサイン色紙や野球帽が届き、健君の棺に納められた。

 それから、37年。

 墜落現場となった御巣鷹の尾根群馬県上野村)にある健君の墓標は、好きだった「ドラえもん」のグッズや電車の模型などに加え、いまも、たくさんの野球ボールに囲まれている。

 その中の一つに「2014年…

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