タワマン立ち並ぶ東京・豊洲、大正時代までは海 その歴史をたどる

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太田匡彦
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 タワーマンションが林立する東京・豊洲。いまや東京の臨海部を代表するまちだが、大正時代までは海だった。何もなかった埋め立て地は、どんな歴史をたどっていまの姿になったのか。現在の豊洲に、過去の「記憶」をたどった。

 東京港の一部を構成する、見渡す限りたいらな埋め立て地。そこに、将来「豊かな洲となるよう」(『江東の昭和史』)町名が設定されたのは1937(昭和12)年7月。「第5号地」などと呼ばれていた土地はこの時、「豊洲」となった。

 いまやタワーマンションやオ…

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