30年前の天皇訪中が「クライマックス」だった 外交文書にじむ思惑

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 1992年10月下旬、天皇・皇后(現上皇・上皇后)が訪中した。27日夜、上海市長主催の晩餐(ばんさん)会を終えた2人を乗せた防弾装備のキャデラックが、目抜き通りを進む。沿道を埋める市民が警備のロープを越え、道にあふれた。

 「危険だから、スピードを落とさせてください」

 車中から手を振り続けていた天皇が、随行の上海総領事・蓮見義博(89)に告げた。速度メーターの針は時速20キロを指し、すでに想定より10キロ遅い。先導車の警備担当者から「何をやっている」という怒声が、無線越しに響いた。

中国側も「歴史的意味わかっていた」

 人垣は膨らみ、車窓から1メ…

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