伊勢ブランドで国産大麻復権を 規制緩和で期待 三重

松原央
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 神事用の大麻の生産をめぐり、県がこれまでの厳しい栽培規制を大幅に緩和し、生産拡大に道を開いた。神事や医療への国産大麻の活用を図る国の方針に沿った転換で、県内唯一の生産法人「伊勢麻」(南伊勢町)の関係者は「伊勢ブランドの大麻で、国産大麻の復権のきっかけになれば」と期待を込める。

 伊勢神宮内宮から車で30分ほど行った山奥にある約60アールの大麻畑。7月初旬から、週末は県外からのボランティアの手を借りながら、高さ2メートルほどに育った大麻草の刈り入れが行われている。

 収穫した大麻からは、乾燥や発酵などの作業を経て、茎の表皮で作る「精麻(せいま)」と芯部分の「麻幹(おがら)」ができる。精麻は神事で広く使われ、奈良晒(ざらし)などの高級織物や大相撲の横綱の綱などにも使用される。麻幹は合掌造り集落・白川郷岐阜県)などでかやぶき屋根の下地に使われる。

 伝統ある国産大麻だが、戦後は衰退の一途をたどり、厚生労働省によると、全国の栽培面積は最大だった70年ほど前の約5千ヘクタールから2020年は約7ヘクタールにまで減った。

 株式会社「伊勢麻」は、国産大麻の衰退を伊勢ブランドの麻で食い止めようと、地元有志が16年に起業した。生産するのは「無毒大麻」と呼ばれる幻覚成分がほとんどない品種「とちぎしろ」だが、栽培や出荷はこれまで県から厳しく規制されてきた。

 畑は人目につかない非公開の場所に限られ、高さ2メートル以上の柵と監視カメラの設置を義務づけられたほか、栽培に携わる人は中毒者ではないことを証明する医師の診断書が必要だった。出荷先も県内の神社のみに限られてきた。

 伊勢麻の麻職人の谷川原健さん(41)は「診断書が必要と言われ、息子らに収穫を手伝ってもらうこともできず、柵やカメラはまるで栽培が犯罪行為であるかのようだった。悔しい思いをしてきた」という。

 そもそも谷川原さんは、県から助成金を得て、16年までの2年間、栃木県の麻農家で栽培と加工技術を学んだ。しかし厳しい規制により、これまで大麻生産で収益を上げるのは難しく、「はしごを外された思いだった」と話す。

 大麻の栽培規制をめぐり、潮目が変わったのは昨年9月。コロナ禍で神事や祭りが中止となる中で、厚労省が「国産大麻繊維を使用する伝統文化の存続、栽培技術の継承などが課題になっている」として、栽培や出荷の規制を緩めるよう各都道府県に通知した。さらに今年3月、柵や防犯カメラを合理的に運用するよう重ねて求めた。県薬務課の担当者は「これまでの国策からの大転換と受け止めた」と驚きをもって振り返る。

 通知を受け、県は昨冬、余った精麻を県外の神社などに出荷することを許可する方針を伊勢麻に伝えた。さらに7月15日付で大麻栽培の指導要領を改定し、県内で採取された種子から育てた大麻については、栽培場所を原則自由とし、柵や防犯カメラの設置や診断書提出の義務、外部からの研修・見学の受け入れといった規制を除外した。

 厚労省は、来年の通常国会にも大麻取締法などの改正案を提出し、乱用への「使用罪」を設けると共に、神事など伝統的な利用や大麻成分の医薬品への活用を目指す考えだ。一見勝之県知事は7月の会見で「神事用ということで伊勢はブランドでもあり、無用な規制をしていく必要はないと考える」と述べた。

 有識者らでつくる「伊勢麻振興協会」理事の新田均・皇学館大教授(神道学)は「伊勢麻が国産大麻の安全性への誤解を解き、日本人の衣食住を支えてきた作物の復権につながれば。今後、医薬品やプラスチックの代替品などとして用途が広がれば、南勢地域の有力な作物になり得る」と期待を込める。(松原央)

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