「ふたりで死んでいこうね」と言った母 89歳で初めて語った空襲

有料記事

徳永猛城
[PR]

 77年前の空襲などの戦争体験を、この夏、初めて人前で話した女性が京都市左京区にいる。「生かしていただいている私の使命。戦争で亡くなった人たちのために」。そう思い立ったという。

 女性は亀井信子さん(89)。3千人超が犠牲になった神戸空襲を体験した。

 今年7月下旬に左京区で開かれた「原爆と戦争展」で、当時の記憶を思い出しながら来場者に向け、次のように語った。

 1945年6月5日。12歳だった亀井さんは疎開先から神戸の自宅に戻り、父母や姉と暮らしていた。

 「早く逃げろ」

 父が叫んだ。母と姉は防空壕(ごう)に逃げる用意をしたが、亀井さんは「焼夷(しょうい)弾が壕に落ちたら」と考え、自宅の棚のかげに隠れて布団を被った。やがて、外の声や走り回る足音がしなくなった。

 バリバリという音がして外に飛び出ると、一面、火の海だった。B29爆撃機が飛来した。

 山に向かって、ただただ走っ…

この記事は有料記事です。残り993文字有料会員になると続きをお読みいただけます。
【10/18まで】有料記事読み放題のスタンダードコースが今なら2カ月間無料!