人知超えた九回2死のドラマ、その土壌にあるのは平和 原田眞人さん

有料記事

構成・内田快
[PR]

第104回全国高校野球選手権大会 原田眞人さんの観戦記

 あの日、おやじが活躍していれば、ぼくも野球選手を目指したのかな。おやじは明大野球部を出て、大昭和製紙でも野球をしていた。小学校低学年のころ、球場に見に行った。ヒットは打てず、三振ばかりでがっかり。言っている割にうまくないなあって。

 三回、攻撃の途中でも黙禱(もくとう)をするんですね。3万人以上の人が平和を祈る。いい瞬間に立ち会えました。

 1945年夏に昭和天皇鈴木貫太郎首相、阿南(あなみ)惟幾(これちか)陸相らが終戦に動く『日本のいちばん長い日』(2015年公開)を撮りました。

 26年生まれのおやじは終戦時、特攻基地のあった鹿児島県の知覧に動員されていて飛行場建設のために穴を掘っていた。

 終戦がもう少し遅ければ、米…

この記事は有料記事です。残り824文字有料会員になると続きをお読みいただけます。