スニーカーブームは「続かない」 アトモス創業者が感じる危うい兆候

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土居新平
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 世界的なスニーカーブームが続く。投資対象としている人も多く、転売向けの取引市場もあるほどだ。本明秀文さん(54)は、日本でスニーカー人気が社会現象となった1990年代から専門ショップを営む。自身の歩みとブームの行く末を聞いた。(土居新平)

 米国の大学を出て老舗の繊維商社に2年ほど勤めた。月給は手取りで14万8千円。東京・八王子から毎朝6時8分発の電車に乗り、帰宅は日付が変わるころ。「めちゃくちゃ働いていたけどカネがなかった」

 知人から正規品より質が落ちる「B品」スラックスを1本100円で譲ってもらい、代々木のフリーマーケットで500円で売って小遣い稼ぎをした。そこで米国で安く売られているスニーカーが高値で売られていたのを見つけた。

 これが始まりだった。「米国で1足15ドルの靴が3万円で売れると分かったんです。それで会社を辞めましたね」

 1996年、東京・原宿に並行輸入品を扱う店「チャプター」を出した。広さはわずか2・5坪。母や妻にも出してもらった300万円を元手に、年8~9回、米国に買い付けに行く日々が始まった。

 滞在は1週間から10日ほど…

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