難民支援「はじめは怖かった」 MIYAVIさんが中東で得た気づき

伊藤弘毅
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 アーティストのMIYAVIさんは2017年、難民の保護や支援に取り組む「国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)」の親善大使に、日本人として初めて就任しました。若い世代を中心に世界的な人気を誇るミュージシャンが、なぜ難民支援に取り組むことになったのか。はじめは難民キャンプに行くことが「怖かった」というMIYAVIさんが、支援を通じて得た気づきとは――。

 MIYAVIさんが難民支援を考えるようになったきっかけは、映画出演を機に親交を深めた俳優のアンジェリーナ・ジョリーさんでした。UNHCR特使を務めていたジョリーさんと話すうちに、「世界では、そういうことが当たり前に起こっているんだ」と知り、自分の目で現場を見てみたいと思うようになったといいます。15年、中東レバノンの難民キャンプを個人で訪問しました。

 当初は訪問が「怖かった」とMIYAVIさん。「危険なところから逃げてきた人たちのすぐ横で、いきなりギターを弾いても『なんやねん、お前』って話なんですよね」。食料や医療などと違って人の命を救えるわけではないのに、自分が支援に行っても足手まといになるだけでは――。そんな葛藤を吹き飛ばしたのは、現地で出会った子どもたちの反応でした。

 難民キャンプで子どもたちにギターを見せ、演奏すると、「ビートに合わせて歌って踊る子どもたちの輝きに、驚かされました」。言葉が通じなくても、ギター一本でキャンプの人々と一つになる経験をしたことで、「自分にも、音楽にもやれることがたくさんあるんじゃないか」と考えるようになり、本格的に難民支援活動を始めました。

 帰国後、現地のUNHCR職員から一通のメールを受け取ります。MIYAVIさんの演奏を聴いた子どもたちのひとりが「ロックスターになりたい」という夢を持つようになったことが記されていました。MIYAVIさんは「そのとき、自分の中で『成功』の価値観が変わった」といいます。「音楽の力で、難民と呼ばれる彼らの笑顔や生きる力、明るい部分を引き出すこと。そして、音楽の力を通じて外の世界に対してもメッセージを届けること。この二つが、僕の親善大使としての役割だと思っています」

 これまで、中東やアフリカ、南米などの難民キャンプを訪問しました。今年6月には、ロシアの侵攻を受けてウクライナから逃れた人々を受け入れているモルドバにも足を運びました。MIYAVIさんは、多くの場面で国が国民を守ってくれる日本の状況が「世界では当たり前じゃない」と考えるようになったといいます。その上で「難民を巡って世界で様々な問題が起きていることを、僕らも知るべきだ」と訴えます。

 「いつか、『難民』という漢字を変えたいと思っています。難民問題は簡単ではないですが、難民と呼ばれる彼ら自身は決して難しいわけじゃない。すごく普通で、リアルで、僕たちと同じです。『難しい』という印象なんて、持たなくていいと思うんです」伊藤弘毅