第9回「ふたつの被爆地」が教えてくれたこと 森保ジャパンは世界へ向かう

有料記事核といのちを考える

聞き手 戸田和敬
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サッカー日本代表監督 森保一さん(53)

 小中高生のころは長崎で暮らし、選手、監督としては広島でずっと過ごしてきました。

 「長崎生まれの広島育ち」のような感じですね。父は幼い頃に長崎市郊外で原爆に遭っていて「衝撃は覚えている」と言っていました。私自身も「被爆2世」だと思っています。

 長崎では(原爆が投下された)8月9日は登校日でした。先生から原爆投下の歴史を学びました。

 午前11時2分に黙禱(もくとう)して、「夾竹桃(きょうちくとう)のうた」を歌い、亡くなった人のご冥福をお祈りしました。

 サンフレッチェ広島の選手だったころ、広島平和記念資料館に行きました。

長崎で生まれ育ち、広島で現役生活を送った森保一さんは、原爆の惨劇を二度と繰り返すまいとの思いをフィールドで発信してきました。ウクライナ侵攻が続くなか、11月にカタールで始まるワールドカップで、伝えたい思いとは。

 印象深かったのは熱でひしゃ…

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被爆者はいま、核兵器と人類の関係は。インタビューやコラムで問い直します。[記事一覧へ]