名優に送った手紙、信じた映画の力 赤字の映画祭「生きてるかぎり」

小松隆次郎
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御手洗志帆さん(34)

 5カ月の息子を抱え、司会進行からゲストの送迎まで会場を走り回った。12日まで千葉県で開かれた「戦争の記憶と記録を語り継ぐ映画祭」。企画・運営を担い、今年で11回目になった。

 広島市出身。本業は映像制作ディレクターだ。東京でフリーターだった23歳の時、同郷の新藤兼人監督の映画「原爆の子」に出会った。被爆地で育った自分が、被爆した子どもを描いた映画を知らなかったことが恥ずかしかった。

 その直後に新藤監督が亡くなった。戦争を知る世代が減っていくことに焦りを感じ、2012年、最初の映画祭を手弁当で開いた。パンフレットに「生きているかぎり続けます」と書いた。

 思い立ったら突き進む。原爆詩の朗読を続ける俳優の吉永小百合さんに6年前、手紙でアタックした。今年もゲスト出演した吉永さんは「平和の大切さを発信できる若い世代のリーダー」と評する。

 ロシアがウクライナに侵攻した5日後に出産した。「今回は無理せずコンパクトに」と考えていたが、一家離散する家族の映像を見て「今だからこそ」と心に火がついた。「あゝひめゆりの塔」など7本の映画をそろえた。

 毎回、赤字だという映画祭だが「続ける」と決意は固い。「戦争を知らない世代でも、映画の力を借りれば伝えられます。いや、伝えないといけない」(小松隆次郎)