「日本の女はこんなに惨めじゃない」 森英恵さん「金字塔」の数々

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編集委員・高橋牧子
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 11日に96歳で亡くなった森英恵さんは、聡明(そうめい)で意思が強く、また懐の深さも併せ持つデザイナーだった。日本服飾界の草分けで、正統派の服作りを通じて、「東洋と欧米の融合」に心をくだいた。

 1926年、開業医の家の5人きょうだいの次女として、島根県六日市町(現・吉賀町)に生まれる。故郷の大自然がデザイナーとしての豊かな色彩感覚をはぐくみ、春の野に舞っていたモンシロチョウがデザインモチーフにもつながった。

 37年、東京へ移住し、杉並区の小学校に転入。洗練された都会の装いにカルチャーショックを受ける。日本文学を専攻していた東京女子大学在学中に、迎えた終戦。「大空襲の下、生と死ぎりぎりのところで生きて来たことが私の原動力」とよく話した。そんな体験が森の静かな達観性と共に、優雅な作品に秘めた反骨精神を生んだ。

日本人としてのアイデンティティーが原動力に

 大学在学中の勤労奉仕で知り合い、後にハナエモリの会長となる夫、森賢氏と48年に結婚。繊維会社を営む夫は多忙で不在がちだった。主婦業をしながら習い始めた洋裁で、才能に火がついた。

 51年に新宿に開いた洋裁店…

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