森英恵さん、米で成功し東洋人初の「パリ」に 学校・JALの制服も

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聞き手=編集委員・後藤洋平
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 11日に他界したファッションデザイナーの森英恵さんは、日本文化を洋服に取り込んで1960年代から海外で評価され、東洋人として初めてパリ・オートクチュール組合に加盟した。94年に「モードのジャポニスム」展(京都国立近代美術館=その後各国を巡回)を企画した服飾評論家でキュレーターの深井晃子さんは、森さんを日本ファッション界のパイオニアと評価する。深井さんから、森さんがオートクチュール(高級注文服)だけでなく、既製服や制服の分野でも活躍した背景などについて聞いた。

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 森さんは、間違いなく日本のファッションを世界に知らしめるパイオニアだった。60年代、世界を目指したファッションデザイナーは他にもいましたが、最初に成功を収めたのは彼女でした。

 パリでの活躍で知られていますが、森さんが最初に評価されたのは米国です。65年にニューヨークのショーで日本の着物テイストを前面に出した洋服を披露して現地で大絶賛されました。そしてテキサス州ダラスを拠点にする高級デパートニーマン・マーカス」と取引を始めました。当時のダラスには石油関連のビジネスで成功した富裕層が多数おり、ニーマン・マーカスは50年代からバレンシアガのコレクションを購入していました。そうした人々から森さんは支持されたのです。市場を見極める目を持っていた。

■日本の文化、世界的に位置づ…

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