間一髪免れた「玉砕の島」行き 元兵士が生を感じた真っ赤なツバキ

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柳沼広幸
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 日本から南に3千キロに位置する西太平洋のパラオ諸島。ダイビングなどで知られる人気の観光地は、太平洋戦争日本軍と米軍が死闘を繰り広げ、多くの戦死者を出した激戦地だった。

 群馬県千代田町新福寺の岡本幸雄さん(97)は、太平洋戦争が始まる前の1939年、14歳の時に北海道からパラオに渡った。当時、パラオを含む南洋諸島は日本の委任統治領だった。パラオのコロール島では母親の妹夫婦が青果店を営んでおり、その店で働いた。現地には日本からの移民たちでにぎわう日本人町があった。

 「3年たったら店を持たせてやる」という約束で、海軍にも食料品などを納めた。「店を持つならオーストラリアにしよう。羊がたくさんいて面積も広い。親も呼んでやれる」と、夢を描いていた。

そして開戦、届いた召集令状

 だが、41年12月の日米開…

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