ピンクの着物の蝶々さん 日本文化の底力、世界に示した森英恵さん

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編集委員・吉田純子
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 森英恵さんは1985年、ミラノ・スカラ座で新制作初演された「蝶々夫人」の衣装を担当した。着物の伝統美を実にシンプルに示してみせる一方で、輪郭や色彩の細部にまで明瞭な主張を宿らせた。いま見ても、ひとつひとつの衣装それ自体が自立し、何らかのメッセージを語り出すかのような力を感じさせる。

 日本を代表する名ソプラノ、林康子が演じた蝶々さんには、淡いピンクにトレードマークの蝶(ちょう)の模様を施したモダンな衣装をあつらえた。時代に翻弄(ほんろう)され、15歳で運命の恋に落ち、悲しい末路を迎えた少女の心が現代の少女の心におのずと重なり、普遍的な共感を呼び覚ます。森さんの衣装は、浅利慶太演出の意図を汲(く)み、希代の古典作品を今の時代の感性に向けて大胆にアップデートさせる一翼になったのだった。

 そこには作品そのもの、ひいては日本文化の「名誉回復」を、との強い思いもあっただろう。プッチーニの「蝶々夫人」は日本人にとって常に特別な、時として複雑な感情を呼び起こす作品であり続けてきた。1903年、日露戦争開戦の前夜、欧州における日本文化への理解がまだ十分ではなかった時期に書かれたこともあり、台本では仏教と神道がごちゃまぜ。自ら台本を改訂し、本場イタリアで「抗議の上演」に打って出るバス歌手の岡村喬生のような人もいた。

 演出にも、日本古来の伝統へのリスペクトを前提としたものは少なかった。僧侶にちょんまげを結わせたり、あり得ない着物の着せ方をしたり、畳の上を下駄(げた)で歩かせたり。日本の精神文化への軽視を連鎖的に広めかねない状況が、欧州を拠点にする少なからぬ日本人アーティストたちを嘆かせていた。

 そんななかで森さんは、西洋における最高峰の総合芸術で、着物本来の精神を凜(りん)と輝かせてみせた。表現として自立し、他ジャンルの表現を豊かに刺激し、多様な対話の礎となる。こうした森さんの開拓精神は2020年、ザルツブルク音楽祭で初演されたヴァージニア・ウルフ原作のオペラ「オーランドー」での川久保玲さんの、創造性あふれる仕事にも受け継がれていたように感じる。

 森さんは98年、音楽、演劇、美術の3部門を束ねる茨城・水戸芸術館の財団の理事長となる。推挙したのは当時の館長で音楽評論家吉田秀和さんだった。

 吉田さんは戦後、斎藤秀雄ら…

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