お好み焼きから始まる「防災」 広島土砂災害から8年、伝承館が着工

有料記事

黒田陸離
[PR]

 被災者同士で励まし合おうと始めた「お好み焼き屋」はいつしか、県外からも人が集まる防災拠点になった。77人が亡くなった2014年の広島土砂災害から20日で8年。被害の大きかったその地区で今年、災害の教訓を伝える伝承館の建設が始まった。

 大量の土砂が崩れ落ちたあとが山肌に残る広島市安佐南区の八木地区。坂道にあるプレハブの平屋から香ばしいにおいが漂う。

 「災害は遭ってみんとわからん。被害もそれぞれ違うんよ」。復興交流館「モンドラゴン」の館長、畠堀(はたほり)秀春さん(65)はこう話しながらヘラでお好み焼きを返していく。

 スペイン語で「竜のすむ山」を意味し、災害を忘れず乗り越えるとの思いを込めた交流館は、16年4月にオープンした。豪雨による土石流などで53人が犠牲となった八木地区では、多くの住民が家を失った。先の見えない生活が続き、閉じこもる人も増えた。「みんなが集まれる場所をつくれないか」。自治会長だった畠堀さんは考えた。

 館内には被災前後の写真をびっしりと貼った。「大変やったね」「そっちはどうやった?」。温かいお好み焼きを食べると、住民たちに自然と会話が生まれた。

 訪れるのは、住民だけではなかった。地質や防災、工学など様々な分野の研究者や学生、団体が被災の話を聞きに来た。交流館の事務局長、松井憲さん(70)も「自分たちの経験を役立ててほしい」との思いから、被災経験や地区の被害、その後の復旧について伝えた。その数は1年で約4千人。松井さんは「これだけ人が来てくれるとは」と驚いたという。

 そんな矢先に起きたのが、18年7月の西日本豪雨だった。広島県内でも150人以上が亡くなった。

 松井さんもボランティアとして被災地に入った。崩れた家屋、家族を失い悲しむ住民。かつて自身が体験した光景が目の前にあった。

 「経験を伝えることに意味があるのか」。自信を失いかけた松井さんを励ましたのは、西日本豪雨の被災者だった。30代の息子2人を失い、涙ながらにお好み焼きを食べていた女性はこう言った。「ここで話を聞いてもらえたから元気になったんよ。話せていなかったらどうなっていたか」

 追手門学院大(大阪府茨木市)で災害復興などについて研究する田中正人教授(52)は、災害の翌年から毎年訪れている。交流館について「被災者が別の被災地の支援者になり、経験のバトンをつなぐことに大きな意味がある」と話す。

 これまで松井さんは、見学者を700回近く案内してきた。そんな活動は大きな節目を迎える。

 交流館のそばで建設が始まった「豪雨災害伝承館」は、鉄筋コンクリート造りの2階建て。1階には最大120人が入る研修室を備える。広島市が約4億円をかけて整備し、来年9月に完成予定だ。

 畠堀さんや松井さんは活動の…

この記事は有料記事です。残り250文字有料会員になると続きをお読みいただけます。
今すぐ登録(秋トクキャンペーン中)ログインする

※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません。

【10/18まで】有料記事読み放題のスタンダードコースが今なら2カ月間無料!