下関国際が凱旋、称賛次々 仙台育英元エースの高校野球監督もエール

太田原奈都乃 前田健汰
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 夏の甲子園で準優勝に輝いた下関国際の選手が23日夕方、山口県下関市伊倉の学校に戻った。山下世虎主将(3年)は準優勝盾を抱え、選手の胸元に銀色のメダルが光る。保護者や地域の住民ら約200人が出迎え、大きな拍手で祝福した。

 上田晃久校長は大阪桐蔭戦の逆転劇を「圧巻だった」と振り返り、「皆さんは本校だけでなく下関市、山口県の宝だ」とたたえた。

 山下君は「ベスト8を超えられたけど日本一まであと一歩のところで倒れてしまった」と悔しげな表情。坂原秀尚監督は「3年生29人で戦った。日本一という目標が明確になった。何年かかるかわからないが、前に前に進んでいく」と語った。24日から練習を再開する。

 学校には全国各地から「お疲れさま」「感動をありがとう」という千件近くのメッセージが電話やメールで寄せられている。事務室の電話は鳴りっぱなしの状態で、大阪桐蔭戦の後、激励が増えたという。(太田原奈都乃)

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 甲子園で県勢として37年ぶりに準優勝を果たし、台風の目となった下関国際。躍進の理由やこの結果が県内の高校野球界に与える影響について、県出身で横浜大洋ホエールズ(現・横浜DeNA)などで活躍した高木豊さん(63)と、元ダイエー(現・福岡ソフトバンク)の選手で、現在は早鞆(下関市)の野球部監督を務める大越基さん(51)に聞いた。

 「高校野球の神髄に迫る、語り継がれていく試合でした。最後は涙を流してしまいました」。高木さんは「ジャイアントキリング」(番狂わせ)と話題を呼んだ準々決勝の大阪桐蔭戦について、声を弾ませた。春夏連覇を見越して戦っていた大阪桐蔭(大阪)に対し、目の前の敵だけに集中した下関国際の「欲のなさ」が王者の足をすくったと見る。「これぞ高校野球というすがすがしさに心躍り、胸を熱くしました」

 勝ち上がった強さの理由として「戦略・戦術の徹底」を挙げた。選抜準優勝の近江(滋賀)との準決勝では、プロ注目の山田陽翔投手(3年)に対し、コンパクトな打撃を各バッターが徹底して崩した。「追い込まれたら反対方向を狙う、とにかく出塁を心掛ける、とこだわった打撃をしていた」と分析する。

 また、高木さんは大会を通じて指揮官と生徒の一体感を感じたと振り返る。「チーム全員が心を一つに相手に向かう様は、まさしく高杉晋作の奇兵隊のようでした」

 早鞆監督の大越さんは「甲子園の決勝の舞台に立つ感覚は他のどこでも味わえない。山口に甲子園の空気を持ち帰ってきてくれるのが楽しみ」と話す。

 大越さんは1989年、仙台育英のエースとして夏の甲子園に出場。決勝の舞台で帝京(東東京)に0対2(延長十回)で敗れ、準優勝に終わった。決勝で得た「経験と感覚」をチームが持ち帰り、他校と切磋琢磨(せっさたくま)したことが、その後の東北勢の躍進や今回の初優勝につながったと考えている。「決勝を知り、全国制覇が目標になった下関国際に各校が向かっていく。山口の高校野球は、これからもっと盛り上がりますよ」

 早鞆は春の県高校野球大会で下関国際と対戦し、2対6で敗れた。「とにかく練習量が違うと感じた」。特に仲井慎君(同)は「どうやっても打ち崩せなかった」といい、甲子園で数々のピンチをしのいだ姿に舌を巻いた。決勝で満塁本塁打を被弾したが「あれもいい経験。さらに技術を磨いてほしい」と成長に期待する。

 夏が終わり、新チームの戦いが始まる。大越さんは「高校野球は教育の一環ということを大切にして、自分なりのやり方で戦い続けていきます」と話した。(前田健汰)