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「国民病」だった結核、ついに低蔓延国に 高齢化・都市化乗り越えて

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後藤一也 神宮司実玲
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 日本国内で2021年に「結核」との診断を受けた人は1万1519人で、10万人あたり10人を初めて割り込んだ。かつては「不治の病」として恐れられたが、戦後は特効薬の登場や低栄養の改善が進んだ。近年は高齢者の患者がなかなか減らなかったが、国がめざしてきた「低蔓延(まんえん)国」の水準についに達した。

 かつて結核は「亡国病」「国民病」と呼ばれ、死者が最も多かった1943年には17万人が亡くなった。

 治療法がない時代には、診断を受けると、ゆっくりと死への道を進む病気として多くの人が苦しんだ。

 俳人、歌人の正岡子規(1867―1902)は、20代前半から結核に苦しんだ。

 吐血が続き、口の中が赤く染まる。そんな自分を口の中が赤いホトトギスに重ね、「子規」という号を使い始めた。

 ホトトギスは中国の故事で「血を吐くまで鳴き続ける鳥」とされる。

 〈卯の花の散るまで鳴くか子規(ホトトギス)〉

 卯年生まれの子規が、卯の花に自分を重ねて詠んだとされる句だ。

 子規は晩年、結核菌が脊椎に入り込んで脊椎カリエスになり、寝たきりで苦しんだ。34歳で亡くなった。

 小説家の樋口一葉、歌人の石…

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