「1日でも長く」 60歳で認知症、同じ言動繰り返す妻に夫は願う

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編集委員・辻外記子
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 「救急車を呼んで」

 2016年11月下旬の夜。東京都内に住む順子さん(63)は夫の英明さん(64)に訴えた。顔をのぞきこむと、うつろな表情をしていた。

 数週間前から「眠れない」「一日中調子が悪い」などと話していた。

 翌朝になっても具合が悪く、救急車を呼び、近くの病院に運ばれた。低ナトリウム血症と診断され、数日後に退院した。

 だがその後も、順子さんは「気分が悪い」「心細い」と口にし、計5回、自分で119番に電話して救急車を呼んだ。

 「精神科の受診をしたらいかがでしょうか」。搬送先の病院の医師から英明さんはすすめられた。

 2人は、40年近く前に結婚した。英明さんは公務員。順子さんは銀行に勤め、出産を機に退職した。

 おとなしくてきちょうめん、物静かできれい好きだった。だが、このころから掃除をあまりしなくなり、部屋が乱雑になっていった。顔の表情はどんどん、とぼしくなった。

 翌17年2月、クリニックを受診する順子さんに、英明さんは付き添った。

 「ふらつきがあり、外に出られない。頭が働いていないようだ」。野崎クリニック(杉並区)の野崎純理事長(64)に、英明さんは説明した。

 順子さんは自分からほとんど話さなかった。指の先端を鼻に入れて出す動作を繰り返していた。

 野崎さんは、うつ病や統合失調症を疑った。「様子をみましょう」と抗不安薬や睡眠導入剤を処方した。

 英明さんは「うつ病なら、治療すればいつかはよくなる。そんなに心配しなくても大丈夫だろう」と思った。

 受診して気分が軽くなった。

それまでなかった言動、「おかしい」

 だが4月。順子さんは段差に気づかず、転んで右足を骨折した。医師から「松葉杖を2週間は使うように」と言われたのに、1週間たつと使わなくなった。

 秋には、手術を受けることになった長女(35)の見舞いのため、夫婦で遠出をした。だが、長女の心配をあまりせず、「帰ろう」と口にした。

 医師が長女の手術について説明すると、何度も同じことを聞き返した。

 順子さんにそれまでなかった言動が増え、英明さんは次第に「おかしい」と思い始めた。

順子さんの症状は少しずつ進み、その後、認知症の診断を受けます。記事の後半では、英明さんの葛藤や願い、夫妻の日常について触れます。

 「もしかしたらお母さん、前頭葉が萎縮するタイプの認知症じゃない?」

 長女の言葉に、英明さんは「…

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    辻外記子
    (朝日新聞編集委員=医療、健康)
    2022年9月4日8時56分 投稿
    【視点】

    昨年9月に若年性認知症家族会「彩星(ほし)の会」がまとめた「百の家族の物語」を拝読し、この記事につながりました。掲載されていたのは、65歳未満で認知症になった家族を支えた人たちの手記。どれひとつ同じものはなく、苦悩と家族への愛情であふれてい