社会にあふれる「生きづらさ」 その言葉がもたらす光と影
「生きづらさ」という言葉が、世の中にあふれています。さまざまなしんどさを「生きづらさ」という言葉で表現するようになった背景には何があり、どんな功罪があるのでしょうか。発達障害の当事者や、社会や教育の視点から生きづらさを考える研究者に話を聞きました。
周りとのズレ 苦しみの原点 光武克さん(「発達障害バー」のオーナー)
コロナ禍の影響でいまは休業中ですが、2018年に発達障害者らが集えるバーを都内で開業しました。当事者としての経験から、生きづらさを抱えている方たちを支える場が必要だと思っています。離職寸前になっている方も多いのです。私自身もそういう経験をしました。
話を聞くときに気をつけているのは、同じ発達障害と診断されていても、自分と他人が感じるつらさは違うということです。そうした違いを捨象して「生きづらさ」という言葉でひとくくりにせず、各人と向き合うように心がけています。心の問題ですから、どんな状態を生きづらいと感じるのかは千差万別です。
発達障害の特性は、外からは見えにくい。経験上、周りからはできると思われていることが、実際には違うという場合があります。そのミスマッチに苦しみ、社会から疎外されていると感じたとき、私は生きづらいと表現してきました。逆の概念である生きやすさとは、自分の行動に安心できて周りを不快にさせないこと、でしょうか。そこがうまくいかないとき、生きづらさを感じてしまうのです。
私は幼いころから気になることがあると、のめり込むタイプでした。周りがやめても1人だけやめられず、感情的になりやすい。いま振り返れば「過集中」の状態だったのですが、当時は周りとのズレをうまく言葉で伝えられず、理解してもらえずに苦しむ原点になっています。
「変わった人」と見られてい…
- 【視点】
■「生きやすさ」とは何だろうか? 常見陽平さん(働き方評論家) 私が「生きづらさ」という言葉の存在に気づいたのは、2008年7月に出版された萱野稔人さん、雨宮処凛さんの対談本『「生きづらさ」について~貧困、アイデンティティ、ナショナリズ