スベることを恐れず ずん・飯尾和樹さんが覚悟を決めた日

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聞き手・川村貴大
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 「ぺっこり45度」「忍法メガネ残し」「裸眼解除」――。じわじわと笑いがこみ上げるギャグと絶妙なワードセンスで、バラエティーや朝の情報番組などに引っ張りだこのお笑いコンビ「ずん」の飯尾和樹さん(53)。スベることを恐れず、果敢に前に出て笑いを取りに行く姿勢の原点には、少年野球の監督に言われた言葉があるという。

 小学5年生の秋のことだった。練習試合の1死一、二塁の場面。打席に立った飯尾少年は、相手ピッチャーに「びびってしまった」。

 「『打てそうもないな。フォアボールで満塁にするかな』と思い、バットを振らなかったんですよね。当時、地域の商店街の魚屋さんが監督だったんですが、タイムをかけられて『なんで振らないんだ!』と言われました。『いや、当たる気しないんですよ』と返したら、『振んなきゃ当たんないだろ!』と言われて」

 覚悟を決め、思いっきりバットを振った。すると、打球はきれいなヒットにはならなかったが、ショートがもたつき、一塁でセーフになった。

 飯尾さんは、一塁ベース上で興奮していたことを覚えている。振れば当たる。振らなければ当たらない。当たり前だが大切なことに気づいた瞬間だった。

 「そこから怖くなくなって、今度はガンガン振るようになっちゃって、『初球の飯尾』と言われるようになりました。監督からは『もうちょっと様子を見ていけ』と言われましたけど(笑)」

 ただ、20代になって芸人を始めると、野球とは勝手が違った。スベッた後の空気が怖くなり、「びびって前に行かなくなりましたね」。そんな当時、一番参考になったのが同じ事務所の同期コンビ・キャイ~ンだった。

 「キャイ~ンのラジオには、『ずん』の前のコンビのころから出させてもらっていました。冷静にキャイ~ンの仕事を見ていると、ウドが1発でウケなくて空振りして、2回目も空振りして、『おれだったらもうここで何も話せなくなっちゃうな』と思っても、ウドは続けて、天野がそれに対してツッコんで、3回目にとてつもない笑いを生むんですよね」

 スベることを恐れず、果敢に笑いを取りに行く2人の姿に、「プロの仕事」を感じた。それは、自分たちのようなプロの芸人にとって、当然そうあるべき姿だった。

 「あのころ、あいつらも自分の番組を持って忙しかったですが、そんな2人でもそれをしていたんです。たぶん、芸人を始めて1日で気づく人は気づいていると思いますが、自分は6年ぐらいかかってそれに気づきました」

 少年野球から学んだ、前に出ることの大切さ。それをプロの芸人として実践する同期の姿。それを目の当たりにしたものの、「なかなか難しくて、言い訳ばかりしていた20代でした」。

 飯尾さんが本当の意味で前に出ることを実践できるようになったのは、37歳ごろになってからだった。相方のやすさんとコンビ「ずん」を結成して5年ほどが経っていた。

 「年末にやすと喫茶店でネタ作りをしていたんです。その日はキャイ~ンたちと忘年会をする約束をしていて、昼過ぎに電話がかかってきて、店の外に出たらウドからの連絡でした」

 「『ちょっと特番の収録が押…

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