父「どうやったらあんな風に…」 妙義龍は「3秒の壁」を乗り越えた

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内田快
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 たった3秒。

 妙義龍は意識してきた。その時間内に決着をつける、と。

 いまや代名詞となっている「速攻相撲」の型は、少年時代に培われた。

 宮本泰成、のちの妙義龍が「相撲デビュー」したのは小学校1年生の8月、学年ごとに相撲を取る地元の夏祭りだった。

 1年生のときは優勝した。だが、2年生のときは負けてしまう。悔しさを抱えて、相撲を習い始めた。運動神経のいいガキ大将。でも、相撲では目立つ存在ではなかった。

 通ったのは兵庫県姫路市の広畑少年相撲教室。そこで小中の恩師、志摩誠二さん(74)と出会った。「宮本君は『鬼の志摩や』と言うと思うね」

 同県高砂市の実家からは片道10キロほど。両親が車で送り迎えをしてくれた。

 まだ小学校4、5年だったころのことだ。妙義龍はその日、父から「帰りは自分で電車で帰ってくるように」と電車賃を渡された。

 厳しい稽古終わり、のどがからからになった妙義龍は、近くの売店でジュースを買った。電車賃を使ってしまった。お金がなければ、電車に乗れない。

 妙義龍は泣いた…

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