戦地を歩いた日本人ジャーナリストの足跡 次世代が継ぐ強さと優しさ

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池田拓哉
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 2012年、ジャーナリストの山本美香さん(享年45)がシリア内戦の取材中に銃弾に倒れてから10年が経った。元新聞記者の父はロシア軍のウクライナ侵攻に触れ、「世界情勢はむしろ悪くなっている」と心配する。美香さんが理想とし、守ろうとした平和とはなんだったのだろうか。

 全国から来た学生と知り合い、国内の異文化に刺激を受けた。好奇心の広がりが小さな国の人たちへの興味につながった――。

 山本さんの両親は7年前、都留文科大(山梨県都留市)の創立60周年記念誌のインタビューで、山本さんと母校の縁をそう振り返った。父・孝治さん(87)は「地方の小都市にありながら全国区。そんな大学の個性が美香にはぴったりだった」と話す。

 教員養成の伝統で知られる都留文大。故郷に戻って教職に就く卒業生は多い。兵庫県養父市の県立八鹿(ようか)高に勤務する松元伸介教諭(52)もその一人。入学時、山本さんは同じキャンパスにいた。面識はなかったが、同窓生の山本さんの死去を伝える10年前の報道には強い衝撃を受けた。

 「山本さんのジャーナリストとしての姿勢と『公正な目』を生徒たちに伝えたい」

 前任校の県立豊岡総合高(兵庫県豊岡市)では、総合学科の科目「産業社会と人間」の授業で、山本さんを取り上げたドキュメント番組を教材とした。番組は残された取材映像や写真、両親とのやりとりから、山本さんの軌跡をたどっていた。山本さんの知人の記者が砲撃の犠牲となる衝撃的なシーンもあった。

好奇心を育んだ原点を知りたいと同じ大学へ

 2016年。当時1年生だった足立七海さん(22)は松元教諭の授業を受けて「私も山本さんのような記者になりたい」と決意した。足立さんが注目したのは、タリバン支配下のアフガニスタンで、性別を理由に教育機会を奪われた戦地の女性たちが秘密の英語教室を開いている場面だった。

 「同じ女性として戦地の女性…

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