外国人を支援するスリランカ人・インディカ・トシさん

平山亜理
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 来日して14年になるスリランカ人の男性が、日本の暮らしで困っている外国人を支援している。自分自身、肌の色で差別され、日本を離れようと思った時、思いとどまるきっかけになったのは、ある詩だった。

 甲府市の人材会社「アンサーノックス」で、管理マネジャーとして様々な外国人の相談に乗る。日本語、英語、ヒンディー語、シンハラ語、ドイツ語を操る。

 日本語に興味を持ったのは中学生の時に、夏目漱石の「こころ」を読んだのがきっかけだった。原書に触れたいと、高校生の頃から学び始めた。スリランカの大学で言語学と日本語を学び、公務員として辞書編纂(へんさん)の仕事をした。

 さらに学びたいと、2008年に来日した。富士山があってきれいかな、とネットで見て思い、山梨を選んだ。だが、一緒に来た友達が、2週間でホームシックで帰国。知り合いもおらず不安になった。

 この年はリーマン・ショックで、アルバイトも見つからなかった。やっとコンビニの求人を見つけて面接に行くと、「肌の黒い外国人が店員だと、怖くて客が来なくなる」と断られた。

 びっくりした。日本の何もかもが嫌になった。信号で流れてくるアナウンスの音も嫌で、山に囲まれた甲府盆地も、刑務所のようで息苦しく感じた。

 ある夜、散歩をしていると、古本屋からジャズのレコードが流れてくるのが聞こえた。音に誘われるように中に入った。立っている場所もないほど、本がぎっしりあった。

 「どんなものに興味があるの?」と店主が声をかけてくれた。「近代文学」というと、本の山を紹介された。手に取ったのは、高村光太郎の詩「道程」だった。

 僕の前に道はない 僕の後ろに道は出来る

 言葉が心に染み渡った。誰かが作った道を行くのではなく、「自分で道を切り開くしかない」と思った。せっかく日本に来たのだから、ここに残ろう。

 古本屋に通うようになり、心が落ち着いた。文学が好きな日本語学校の先生の家も頻繁に訪れ、夏目漱石や国木田独歩、森鷗外の本も読みあさった。

 山梨英和大学で言語学を学び、スリランカのシンハラ語と日本語の電子辞書のソフトも作った。奨学金を受けながら、山梨大学教育学部の修士課程も終え、その後、山梨学院大学大学院で国際政治学を学んだ。

 その後、進路で悩んだ。このまま博士課程までいき、研究を続けるのか、就職をするのか。

 たまたま、ペルー人の友達から、いまの会社を紹介された。代表と面接をした時、スリランカの駄菓子を出された。「私の地元のものを出してくれた」と感激した。こまやかな気遣いで、外国人も大事にしてくれている会社だと思った。

 「私でよければ働かせてほしい」

 会社にはこれまで50カ国以上の外国人が相談に来たり働いたりしてきた。管理マネジャーの仕事とは別に、外国人が診断書などを読めない時に翻訳や通訳をしたり、入国管理局とのやりとりをしたりなどボランティアで世話をする。「甲府まちゼミ」では、無料でヨガを教える。

 留学生だった時、自分も悩んだ。「外国人の気持ちはよく分かる。なんとかしてあげたい」平山亜理