第8回日本を本気にさせた総統の一言 友好から共存へ「知的格闘技」は続く

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編集委員・吉岡桂子
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 新幹線が初めて輸出された先は、台湾だ。日本が50年前、中国と国交を正常化すると同時に断交した相手である。

 2004年5月、神戸港。700T型が南部の高雄港へ向かった。ブルーのラインは南の島らしくオレンジ色に姿を変えていた。 製造した川崎重工業兵庫工場では事前に、晴れやかな式典で祝った。陸揚げされた高雄では新幹線の先頭車両を荷台に載せた歓迎パレードまであった。式典もせず、中国に向けてひっそりと出港した「はやて」とは対照的だ。

 台湾では、日本は独仏連合と競り合い、逆転勝ちした。

 政治の力が大きく働いた。

 転機は、台湾当局が1997年9月、優先交渉権を独仏連合に与えた直後に訪れた。

【連載】分かれた軌道 新幹線の日中半世紀

東京五輪にあわせて開業した新幹線。ひかりは日本の戦後復興の象徴でした。その超特急に憧れ、追いかけた中国を今、習近平政権のスローガンを冠する復興号が走ります。高速鉄道をめぐる日中の半世紀をたどる連載(全8回)の最終回です。

 「黒野次官、台湾へ行っても…

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